日産 スカイライン

日産スカイライン
日産 スカイライン GT-R 昭和45年(1970年)

車で、愛を語る。

スカイラインといえば、日本の名車という反応がすぐ返ってくる。なにしろ歴史が長い。その初代の登場は昭和32年(1957年)。プリンス自動車の前身である富士精密工業より発売された。それから65年。現在は(2022年時点で)13代目だそうである。

しかし、ここでまず紹介したいのは、上の写真にある昭和43年(1968年)登場の3代目。プリンス自動車と日産自動車が合併して最初に出たタイプで、昔の車ながらマニアが多い。

だから愛称がある。箱型のスカイライン、いわゆる ”ハコスカ” である。ちなみに上の写真は、1970年発売のスカイラインGT-R(KPGC10型)。高速性能を形にした”ハコスカ”だ。

スカイラインは、2代目の時代に出場した第2回日本グランプリで、ポルシェ904を1周だけ抜き去り 「羊の皮を被った狼」の異名をとった車である。その走り屋魂を受け継いでいるスカイライン3代目も、当然のことながらマシンとしての車が大好きな男性たちに歓迎された。

プリンススカイライン
2代目のスカイライン
羊の皮を被った狼の異名をとった車。昭和38年(1963年)にプリンス自動車から売り出された。

「愛のスカイライン」―狼が愛を語る。

ところが、こうしたイメージとは別の方向からキャンペーンを展開するのだから、当時の日産自動車は面白い。キャンペーンのキャッチフレーズは「愛のスカイライン」。羊の皮を被った狼が ”愛” となった。「送りオオカミか!」と言いたくなるようなこのキャッチフレーズで、シリーズCMが流された。

CMの内容は若い男女のドライブを描いているのだが、そこにちょっとした恋模様のドラマを織り交ぜている。休日は彼女といっしょにスカイラインに乗ってというメッセージなのである。

「愛のスカイライン」CM
男性と女性がスカイラインで愛を語るといったテーマで作られている。シリーズ化された。

60年代の若い男女のデートの定番と言えば映画を見て喫茶店でお茶をという時代。車に彼女を乗せてなんて金持ちのボンボンがするものであった。

だが、60年代が終わり、70年代を迎えようとしていたこの頃は、助手席に彼女を乗せてどこかへというデートの形ができつつあった。そうした車に対するイメージを形にし、訴えたのが「愛のスカイライン」であった。なお、同じ日産のチェリーFⅡのCMで秋吉久美子を起用した「クミコ、君を乗せるのだから」というのがあるが、それは1974年。愛のスカイラインの方が早い。

愛からケンとメリーへ。

3代目に続いて登場する4代目スカイラインは、”ケンメリ”。「ケンとメリーのスカイライン」であった。この”ケンメリ”も「愛のスカイライン」キャンペーンの発展系であった。

「愛の」という抽象的な言葉が、「ケンとメリーの」という人の名前に変わり、彼女を横に乗せる車としての位置づけをより明確にしている。また、男性中心ではなく、女性の目線も意識しているのがニクイところで、彼女の方から「スカイラインにしようよ」と言わせる力も持っている言葉とも言えるだろう。

ケンとメリーのスカイライン
4代目のスカイライン
さらにスマートなフォルムになった。
ケンとメリーのスカイラインCM
BUZZの歌う「道の向こうへ〜出かけよ〜う」のフレーズも懐かしい。

クルマはデートのための道具なのである。

60年代後半から70年代前半にかけて、自動車は前年比20%増という驚異的な普及率を示した。そして普及するにつれ、個人の生活の中での自動車の役割の幅は広がっていった。

単にもっと遠くへ行くために、もっと早く走るためにではなく、彼女と(彼と)デートするために乗る、というクルマの使い方を提案し、広めたという点で”ハコスカ”や”ケンメリ”の意義は大きい。

”ケンメリ”が登場してからおよそ4年後、荒井由実のアルバム「14番目の月」に収録された「中央フリーウェイ」がヒットした。それこそ「片手でハンドルを握り、片手で肩を抱いて」というデートのスタイルが日本の普通の男女の「愛」の形として認識された瞬間と言えるだろう。