ボルクヴァルト イザベラ

ボルクヴァルト イザベラ
ボルクヴァルト イザベラ 1957年

エリザベスという名の美しい車。

ツートンカラーで流れるようなボディライン。フロントグリルのひし形エンブレムとボンネットマスコットが印象的。ライトの上にあるウインカーも面白い。ドイツの自動車メーカー、ボルクヴァルトの中型車イザベラである。1954年から1961年まで製造されていた。

セダンからクーペ、ステーションワゴン、コンバーチブルなど車種も多い。それだけ人気の車でもあった。上の写真は1957年から製造が始められた2ドアクーペである。スマートで美しい。今乗っても目立つ車であることは間違いない。

イザベラのスタイル
イザベラのスタイル
やはり後ろから見たスタイルがイケているイザベラクーペ。フロントの少し派手目のデザインもこの車の個性を際立たせている。
赤・白ツートンのイザベラ
旧車イベントでのイザベラクーペ
赤白ツートンのイザベラクーペが道を走る。ドイツのエバーンで行われた旧車イベントに登場した車である。撮影は2019年。
Reinhold Möller, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons】

ボルクヴァルトとはどんなメーカー?

ドイツの自動車メーカーボルクヴァルトとは、あまり聞かない名前ではないだろうか。ボルクヴァルトは、ドイツのエンジニアでありデザイナーでもあったカール・FW・ボルクヴァルトが1920年代に創業したメーカーである。

ボルクヴァルトの自動車の製造は、1924年の小型三輪トラックからだ。バイクの後ろに荷台を付けたようなシンプルな三輪自動車である。当時のドイツは第一次大戦後のインフレから抜け出そうとしていた時であり、価格が安くて便利に使えるということで商店の配達や運輸会社、郵便などの配送に活用されたようだ。

ボルクヴァルトの歴史
ボルクヴァルトの歴史を語る動画。三輪車に始まる自動車製造の歴史を50秒で振り返る。ボルクヴァルトは1960年代に倒産したが、2015年のジュネーブ国際自動車ショーで復活することが報道された。その時の映像のようである。

そして1930年代になると他の自動車メーカーを合併、吸収し、1931年には最初の乗用車を製造した。低価格の小型乗用車、ゴリアテ パイオニアである。しかも三輪の乗用車だ。この車、ボルクヴァルト傘下の三輪トラックメーカーであるゴリアテが製造したのでこの名が付いている。

ゴリアテという名前の意味がまた面白い。ゴリアテとは聖書の登場人物で、青年ダビデに倒される勇者。身長2.7mで手の指が6本あるという大男だ。小型自動車にしては勇ましい名前と言えるが、巨人のように力強いぞという意味を持たせたかったのか。昔のオロナミンCの宣伝よろしく「ゴリアテは小さな巨人」なのだろう。

三輪乗用車のゴリアテ
三輪乗用車ゴリアテ パイオニア
ボルクヴァルトが1931年に初めて製造した乗用車である。三輪自動車でおもちゃのようだが、名前はゴリアテ。この車、「小さな巨人」なのである。
Lothar Spurzem, CC BY-SA 2.0 DE, via Wikimedia Commons】

創業者のFW・ボルクヴァルトは、市場や社会の動きを感じて機敏に商売できる人間だったようだ。彼の会社ボルクヴァルトは1930年代の終わりにはトラックや大型乗用車を生産するドイツでも指折りのメーカーに成長するのである。

ボルクヴァルトの中では最もヒットしたイザベラ。

さて、イザベラであるが、ボルクヴァルトの戦後二番目の乗用車として1954年に登場した車だ。ボルクヴァルトの製造した自動車の中では最も売れた車であった。当時、ドイツでよく売れていた中型車と言えばオペルとフォードだったが、イザベラは、同じクラスのオペル車やフォード車よりも価格は高く設定されていたがヒットしたのである。

やはり、このイザベラの洗練されたスタイルが良かったのではないだろうか。50年代の車は当時流行していたアメリカ車のデザインをそのまま取り入れたものが多かったが、ドイツの人々にはヨーロッパらしさを感じさせる美しい車が求められていたのだ。そうなると、少し値は張ってもイザベラをということになるのである。

実際この車のデザインは、ボルクヴァルトの戦後初の乗用車ハンザ1500や1800とは大きく異なるデザインとなっていた。ハンザ1500、1800は、戦後に登場した車によく見られるスタイルで、いわゆるポンツーンタイプの丸みを帯びたボディが特徴である。

ハンザ1800
ハンザ1800
イザベラが登場する前の1952年から54年にかけて製造されていたボルクヴァルトの乗用車。丸みを帯びたスタイルでフロントウィンドウも中央にラインが入っている。40年代の乗用車によく見られた形である。
Quelle: SpurzemFotograf: Lothar Spurzem, CC BY-SA 2.0 DE, via Wikimedia Commons】

しかし、イザベラはポンツーンタイプの先をゆくスマートさが新しかった。デザインは、ボルクヴァルト創業者のカール・FW・ボルクヴァルトが自ら行っている。もともとエンジニアでありデザイナーでもあった彼は、アメリカ車の良いところを取り入れながらもヨーロッパ車としての品格を持った乗用車としてこのボルクヴァルト イザベラをデザインしたのである。

2台のイザベラが並んでいる
イザベラのワゴンとセダン
スマートなスタイルでフロントウィンドウも曲線を帯びた1枚ガラス。ハンザ1800と比べるとデザインの新しさがわかる。2台並んでいるが、右はセダンで左はステーションワゴンである。
Lothar Spurzem, CC BY-SA 2.0 DE, via Wikimedia Commons】

イザベラという名前の意味とは。

車の名前である「イザベラ」も、ユーザーの抱くこの車のイメージに大いに貢献したのではないだろうか。イザベラとは欧米の一般的な女性名である。英語読みをすれば、イザベラはエリザベスに対応する。

エリザベスと言えば日本人がまず思い浮かべるのはイギリスの前国王エリザベス女王である。最近亡くなったあの女王だが、イザベラが登場した2年前の1952年に若き女王として即位している。ボルクヴァルトは、その名を使ったのだろうか。しかし、ドイツのメーカーがイギリス女王の名前を使うとは考えにくい。

古い建物の前に停まるイザベラ
その名に恥じない車だ!
落ち着いた色合いのイザベラセダン。古風な建物ともしっくり調和している。イザベラ(エリザベス)の名に恥じないイメージを持った車でもある。
Lothar Spurzem, CC BY-SA 2.0 DE, via Wikimedia Commons】

イザベラという名前は、もともとこの車の開発コードでもあり、カール・FW・ボルクヴァルトが思いついたとされている。その彼の奥さんの名前が奇しくもエリザベスだそうで、奥さんの名前を付けたのだろうか。

それもありそうだが、ボルクヴァルト最初の乗用車の名前ゴリアテが聖書の登場人物から取られていたように、やはりこの名前も聖書から来ているのではないだろうか。

聖書に登場するエリザベスと言えば、バプテストのヨハネの母エリサベツである。ヨハネを身ごもった時、キリストの母であるマリアの訪問を受け喜んだという記述がある。こうした祝福された女性の名前を付けることで、ボルクヴァルトは、新たな美しい乗用車のヒットを願ったのではないだろうか。

最後の花道となったイザベラ。

名前にどんな由来があるか明確にはわからないが、この車ボルクヴァルト イザベラはユーザーに大いに受け入れられた。最終的に20万台以上のイザベラが製造され出荷されたのである。これは1950年代の車としては大ヒットであった。

グランプリのリボンが付けられたイザベラ
グランプリに輝いたイザベラ
1957年7月にオランダで撮影。イザベラがKNAC(オランダ王立自動車クラブ)のコンテストでグランプリに輝いた時の写真である。イザベラは、ヨーロッパではヒット車であったことがわかる。よく見ると、プードルらしい犬が一緒に喜んでいるが、誰の犬だろうか。
Herbert Behrens / Anefo, CC0, via Wikimedia Commons】

しかし、ヒットはしたもののイザベラには不幸が待っていた。1950年代半ば以降は販売不振が続き、1961年には自動車メーカーボルクヴァルト自体が経営破綻してしまったのだ。つまり、最も売れたこの美しい車イザベラが、自動車メーカーボルクヴァルトの最後の花道を飾ることにもなったのである。

イザベラクーペの動画
車の外観やインテリア、走る様子などを撮影した動画。当時の宣伝フィルムも入っている。