シトロエンDS

シトロエンDS19クーペ
シトロエンDS19 クーペ 1958年

街を普通に走る、特別な車。

レーシングカーのようにスマートなボンネット、流れるフォルム、そして低い車高。シトロエンDSである。最初のDS19が登場したのは1955年。それ以後1975年まで20年間、DS19からDS21、DS23と改良を加えながら生産され続けた。結局20年で、約145万台のDSが街に送り出されている。

こんなスマートな車がなんと1955年(昭和30年)に登場したのだから驚きという他はない。日本車でこうした形の車と言えば日産のフェアレディZを思い出すが、登場したのは1969年(昭和44年)だ。

「異次元の自動車」と言われたDS19。

当時はまだ少なかった前輪駆動を採用し、空気抵抗の少ない流線型のデザインと油圧を使ったサスペンション・システムを搭載したこの車は、モーターショーで発表されるやいなや「異次元の自動車」といううわさが広まった。1955年という戦後10年しか経っていないこの時期に、とてつもなく未来的な車が現れたのだから人々は度肝を抜かれたことだろう。モーターショーで発表したその日になんと1万2千件のオーダーが入ったそうである。

DS19
DS19
流線型でノーズが長く、4ドア。止まっている際には車高が下がるサスペンションも話題となった。
DS19のリアビュー
DS19のリアビュー
ブレーキランプがバンパに−組み込まれ、方向指示器はリアウインドウの隅にある。独特なデザインだ。
Klaus Nahr, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons】

シトロエンという企業は新しい技術を積極的に取り入れる自動車メーカーでもあった。戦前の1934年に、前輪駆動でボディとシャーシが一体になったモノコック構造のトラクシオン・アバンを製造、販売し好評を得ている。

トラクシオン・アバン
トラクシオン・アバン
1934年に製造されたシトロエンの前輪駆動車。モノコック構造の自動車の先駆けでもある。
Lars-Göran Lindgren Sweden, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】

そして、戦後すぐに登場したのはあの名車2CVだ。1948年に登場した2CVは、見た目は古いが、独自の技術が多く盛り込まれていて、軽量で運転しやすくフランスの国民車とも呼ばれる車となった。DSは、まさにこれらシトロエン車の延長線上に存在するのである。

モーターショーでのDSの展示
モーターショーでのDSの展示
1963年のアムステルダム国際モーターショーでの一コマ。DSが彫刻として発表された。この奇抜な展示こそ、シトロエンの真骨頂でもある。
Harry Pot / Anefo, CC0, via Wikimedia Commons】

DSの語源は?

DSとは何か、何かの略なのだろうか。詳細は不明であるが、フランス語で女神を意味するデエス(deesse)のことだという説がある。確かに、このスマートなデザインはどこか女神様を連想させる。また、フランスを象徴する自由の女神にあやかったネーミングだとも言える。

しかも、この女神様は1999年のカー・オブ・ザ・センチュリーで、堂々3位となった。カー・オブ・ザ・センチュリーは、20世紀で最も影響力のあった車に与えられた賞だが、1位のフォードモデルT、2位のミニ(ローバーミニ)に次ぐ車として選ばれたのである。

人々に衝撃を与えたスタイルを持ち、多くの市民に愛された車ということで、その影響力は大きいということなのだろう。まさに女神様の名に恥じない車である。

一歩先を行くスタイルの、市民が乗る車。

戦前から1940年代にかけて、車のデザインの主流はボンネットとフェンダーが別れたスタイルであったが、50年代になると、ボンネットとフェンダーが一体でより現代的なフラッシュサイドスタイルが主流になる。ヨーロッパの各メーカーはそうしたスタイルの新型車をこぞって市場に投入した。

フランス車としては、プジョー403や404、ルノー4、パナールディナZなどがある。お隣のドイツではメルセデスベンツ180があり、イタリアではフィアットNUOVA 500や600が生まれている。しかし、その中でもこのシトロエンDSは一歩先をゆくスタイルで別格でもあった。

シトロエンDSのCM集
DS発売60年を記念して作られたもののようで、DSのデザインイメージ、機能性、安全性などがよくわかる。
DS19の動画
1967年製のDS19の動画である。走る姿や運転席、内外装の特徴などを紹介している。

しかも、スポーツカーや高級車といった車のファンが喜ぶ車という位置づけではないところもDSの凄さである。スタイルは別格でも、あくまで普通の市民が乗る普通の車として生まれている。

フランスの街を走る車というと、このシトロエンDSの姿が頭に浮かぶ人も多いのではないだろうか。印象が鮮烈だという点はもちろんあるが、それほどありふれた車だということでもある。なにしろ145万台も売れているのだ。

公共の車からスポーツカーまで。

シトロエンDSは、一般の家庭の自家用車としてはもちろん、救急車やパトカー、タクシーなどの公共の車にも多く使用されていている。その一方でクーペ、つまりスポーツカーとしてのDSも生まれており、レース用に改造されたDSもある。実際にモンテカルロラリーで優勝もしている。

このページの最初に掲載したDS19は、シトロエンのディーラーだったアンドレ・リクーが1958年に作ったDS19クーペである。通常のDSのホイールベースを短くし、2ドアクーペとした軽快なイメージの車である。しかも、軽量で強力なエンジンを搭載したため、最高時速は180キロだった。

通常のDS19とクーペとの比較
クーペと通常のDS19の比較
上がクーペで下が通常のDS19だ。クーペはホイールベースを短くして2ドアにしている。前に比べて後ろが短くなっているのがカワイイ。

大統領専用車に空飛ぶDSも。

フランス大統領シャルル・ド・ゴールが主に乗っていたのもDSだった。しかもド・ゴールは1962年8月にこの車に乗車中、過激組織のテロに遭った。車には14発もの銃弾が打ち込まれ、片方の前後輪がパンクしたが、前輪駆動で安定して走行できるDSのおかげで命拾いしている。この事件を踏まえ1968年には大型で防弾、装甲設備を施した大統領専用リムジンのDSも作られた。

大統領が乗るDS19
大統領が乗るDS19
1963年4月に撮影された写真。DSの上に上半身を出しているのはシャルル・ド・ゴール大統領である。前年の8月にテロに遭っているのにこの余裕。まだこの当時は平和だったのである。
Gnotype, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】

そういえば空を飛ぶDSもあった。1965年のフランス映画「ファントマ電光石火」では、怪盗ファントマが乗ったDSが翼を伸ばし、飛行機よろしく飛び上がるシーンが出てくる。実際に飛行したわけではないが、フランスで人気の映画に使われるという事自体、いかにこの車が愛されていたかがわかる。

DSから羽が出て飛び上がる
映画「ファントマ電光石火」の一場面。羽が生えたら本当に飛びそうな車だから面白い。

街の人々が普通に運転し、公共交通機関でも使われ、スポーツカーとしても面白く、レースにも登場し、大統領専用車になり、空も飛ぶ・・・こんな車が他にあるだろうか。なるほど、20世紀で最も影響力を与えた車の第3位に選ばれるだけのものは持っている車である。