
ベンツブームの源流がここにある。
メルセデスベンツ180は、1953年から1962年まで製造されていたベンツの中型車だ。
ドイツの高級車メーカーであったベンツも、第二次世界大戦後しばらくは、細々と普通乗用車の製造を行っていた。しかし、1950年代に入ると新しい高級車の製造を開始する。だが、その車はまだ戦前の車の延長線上にあるものだった。
そして、敗戦から8年後の1953年。ベンツの戦後型の車として満を持して登場したのが、このメルセデスベンツ180である。
ポンツーンタイプのコンパクトモデル。
メルセデスベンツ180は、それまでのベンツ車とは異なり、メルセデスベンツの新しい道筋をつける車でもあった。
まず、ベンツで初めてのコンパクトモデルであったという点に注目できる。ベンツには戦前から高級車、大型車のメーカーというイメージがあった。しかし、メルセデスベンツ180は中型車であり、ベンツにとっては初めてのコンパクトな車だったのである。

ベンツではじめてのコンパクトモデル。しかも、全体的に丸みを帯び、当時流行の形でもあった。
しかし、全体的なデザインはやはりベンツであった。ベンツらしさを持った、ベンツならではの高級感を持った中型車として開発、製造されたのである。
またこの車は、ポンツーンタイプのスタイルを採用していた。ポンツーンタイプとは、ボンネットとフェンダーが一体となったスタイルのことを指す。エンジンを収めたボンネットとタイヤをカバーするフェンダーが別れている戦前の車とは違い、スマートで新しさを感じさせた。
戦後は多くの自動車メーカーからこのスタイルの車が出されており、まさしく当時の自動車デザインの流行を反映していたとも言えるだろう。

1955年にドイツのライプツィヒで撮られた写真。手前を行くのは、戦前の車でオペルスーパー6。ボンネットとフェンダーが別れた旧式である。後ろのベンツはポンツーンタイプでスマートだ。
【Bundesarchiv, Bild 183-32600-0035 / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 DE, via Wikimedia Commons】
しかも、ポンツーンタイプの丸みを帯びたボディは、一体成形で強度を強めていた。いわゆるモノコック構造である。ベンツでモノコック構造を採用したのも、この車が最初である。
これによってメルセデスベンツ180は、車内スペースをより広くとれることになったが、さらにもう一つの大きな特長を持つことにもなった。
安全優先の車づくりが、ここから始まった。
それは、衝突安全ボディの実現である。モノコック構造の採用によって、衝突時に衝撃をボディが吸収して人間を保護できるようにしたのである。これは画期的なことでもあった。
それまでの自動車作りは、「より早い」、「よりパワフルな」、「より快適な」を目指したのだが、この車以降、「より安全な」が重要なキーワードとして加わるようになる。そして、こうした安全優先の車づくりはその後のベンツの基本方針となってゆく。
コンパクトで高級感もあり、しかも流行のデザインで安全性も考慮している。メルセデスベンツ180は非常に魅力的な車となったわけだが、当時は爆発的に売れたわけではなかった。
特にベンツのコンパクトモデルは、1962年にこの車の製造が終わってからは80年代になるまで登場していない。それを考えると、この車のコンセプトは少し早かったと言えるのかもしれない。

ジンデルフィンゲン工場の組立ラインでベンツ180が生産されている。モノコック構造により大量生産ができ、車の安全性も向上した。1956年撮影。
【Bundesarchiv, B 145 Bild-F003562-0006 / Unterberg, Rolf / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 DE, via Wikimedia Commons】
大きく変わった、日本人とベンツの関係。
さて、ここで少し日本人とベンツという車の関係について考えてみたい。日本人にとってベンツほど昔と今とで大きくイメージが変わった車はないだろう。
その昔、ベンツはよっぽどのお金持ちか会社の社長、政治家といった偉い人の乗る車というイメージだった。その手の職業の人々が乗る車としても知られ、黒塗りのベンツには近づくな、なんてよく言われたものである。
ベンツといえば日本だけでなく世界的にも高級車として知られる車であったことは確かである。第二次世界大戦中、ドイツの首相アドルフ・ヒトラーがオープンカーでパレードをする映像があるが、そこで使われていたのはメルセデスベンツ770である。その影響かどうかは定かではないが、ベンツの大型車は今でも各国で政府高官の乗る車としてよく使われている。

1938年に撮影された写真。ベンツ770のガブリオレに乗るアドルフ・ヒトラーを民衆が歓迎している。この車は、当時の枢軸国の要人たちによく使われていた。
【Bundesarchiv, Bild 183-H12705 / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 DE, via Wikimedia Commons】
ベンツ180が製造されていた当時の大型モデル。現在のSクラスに相当する高級車で、ホイールベースの長いリムジンタイプでもある。
【Berthold Werner, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】
ところが、偉い人が愛用する車であることは今でも変わらないのだが、近頃ベンツは極めて普通の、よく見かける外車ともなった。豪勢なお屋敷ではなく、普通の住宅の駐車場にベンツが2台駐車しているなんて景色もよく見られる。
事実2022年の統計を見ても、日本の輸入外車の新規登録台数で最も多いのがベンツであり、2位のフォルクスワーゲンより1万5千台も多い。
今に生きるベンツ180のコンセプト。
現代のベンツには、AクラスとかBクラスといったリーズナブルな車種のラインアップが存在する。ベンツはもうお金持ち専用の車ではないのは確かである。
しかし、日本でよく売れているのはCクラスだ。ベンツはCクラスから高級車の分類に入るが、コンパクトで比較的手に入れやすい高級車というコンセプトだそうだ。
コンパクトでベンツの高級車という認識が持てる車、つまりそれほどゴージャスではないが、ベンツに乗っているのだと満足できる車と言うわけである。よく考えると、それはまさにメルセデスベンツ180のコンセプトでもある。
エンジンの状況に始まりベンツの走る姿、運転中の車内の様子などを紹介。エンジンの音が心地よい。
また、ベンツが一般の人々に注目されるきっかけとなったのは、ベンツの安全設計である。ベンツの安全設計がマスコミの報道等を通して知られるようになり、強度の高い素材、衝撃吸収ボディ、エアバック装備などが話題となった。
それらが日本車にも積極的に導入されるようになったのは、ベンツの安全性がマスコミに取り上げられるようになってからである。車の安全性を重視することを日本に広めたベンツの功績はやはり大きい。
こうした安全性の面でも、メルセデスベンツ180が顔を出す。この車は、今に続くベンツの安全設計をはじめて採用した車でもあるのだ。
ベンツらしさを持ったコンパクトモデルで安全にも考慮しているメルセデスベンツ180。この車にこそ、現代のベンツブームの源流があると言えるのではないだろうか。

1962年の3月に撮影した写真である。二人の子供の後ろにあるのはメルセデスベンツ180だ。父親が、自慢のベンツの前に子供を立たせて撮ったのだろうか。ベンツではあるが、海外ではすでにファミリーカーとして使われているのがわかる。
【Angilbas at the English-language Wikipedia, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】