ビアンキ 20-30CV

ビアンキ20-30CV
ビアンキ 20-30CV 1905年

運転手が操る、馬のない馬車。

これは、イタリアのメーカー、ビアンキの自動車。20−30CVのCVとは、イタリアやフランスでは馬力のことを表すので、この車は20〜30馬力と言うことでもある。製造されたのは1905年だ。こうした古い形の車と言えばフォードT型を思い出す。しかし、フォードT型が出たのは1908年であるので、それよりも前の車である。

ビアンキとはどんなメーカー?

ビアンキとは、自動車メーカーとしてはあまり知られていない。実は自転車のメーカーである。創業は1885年で、自転車が発明されてすぐに製造を始めた世界最古の自転車メーカーだ。ビアンキと言えば、自転車ファンにとっては憧れで、プロにもレース用車を提供している老舗ブランドでもある。

そのビアンキは、1899年からオートバイの製造をはじめ、続いて四輪車の製造も開始している。同じイタリアの自動車メーカーであるフィアットも1899年創業なので、フィアットと並んで古い自動車メーカーでもある。

ビアンキのロゴ
ビアンキのロゴ
自転車に見られるロゴタイプ。鷲をかたどったデザインにエドアルド・ビアンキと記されている。
Spartan7W, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】
ビアンキの広告
ビアンキの広告(1928年)
水彩画タッチの粋な広告である。ビアンキのオートバイが描かれている。自転車に近い形なのが面白い。
William Rossi (1878-1946), Public domain, via Wikimedia Commons】

なぜ自転車メーカーが自動車まで作ろうと思うのだろうか。街の自転車屋さんが、商売を広げてバイクの販売や修理も行うようになり、気がつけば軽自動車のディーラーの看板を掲げているなんてことがある。あれと似たようなものかもしれない。自転車という便利な道具を扱っているうちに、それにエンジンを載せた道具の扱いも始めてしまうのは自然の流れなのだろう。

自転車製造のノウハウを活用。

老舗の自動車メーカーの歴史をひもとくと、自動車製造を始めるきっかけとなったものが色々で面白い。

最初の市販ガソリン自動車を作ったベンツは、エンジン開発であった。日本のホンダも最初に製造、販売したのはエンジンであった。一方、フランスのプジョーは、刃物や歯車などの製造で培った金属加工技術を生かして自動車製造を始めている。また、日本のトヨタは織機つまり織物機械の製造ノウハウがもとになっている。

そして、ビアンキは自転車である。自転車は、自動車と同様に移動機械であるので、ビアンキの持つノウハウを大いに活用できたのではないだろうか。

自転車の製造に当たっては、人の脚力でいかに早く走れるか、強い力を出せるかが重要になってくる。よりスムーズな力の伝達を考え、自転車という製品を生み出しているわけである。そんなビアンキの自転車製造技術は、自動車の開発、製造に大いに役立ったに違いない。

ビアンキのカタログ
当時のビアンキのカタログ(抜粋)
1902年のカタログである。自転車やオートバイと共に自動車も掲載されている。自転車をそのまま4輪車にしたような車もある。
SITO WEB DI RENPAGより】

ビアンキが最初に力を注いだ自動車は、1903年のビアンキ8HPである。20世紀の初頭、街を走っていたのは主に馬車であり、自動車の姿はまだほとんど見られなかった。そんな時代の自動車である。8馬力で頑丈なフレームに木製のボディを載せたとても高価な乗り物であった。医者の10年分の給料に匹敵する値段がしたと言われている。

また、この車には備品としてレンチや空気入れなどの道具が付き、購入者には1日〜2日の自動車運転教習、自動車修理のための整備士の無料派遣など、さまざまなサービスも付いていた。これは、ビアンキが自転車の販売で培ったノウハウと言えるだろう。

ビアンキ8HP
ビアンキ8HP
1903年製造のビアンキの自動車。ミラノにあるレオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館に展示されている。
Museo della Scienza e della Tecnologia “Leonardo da Vinci”, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons】

ビアンキ20-30CVは、馬車の形を残す車。

さて、このページの最初に掲げたビアンキ20-30CVを少し詳しく見てみよう。当時の自動車は多くがオープンスタイルであり、簡単な囲いや幌が付いている程度のものが多かった。しかし、この車は興味深い形だ。運転席はオープンで幌が付いているが、後ろの席は屋根と壁で囲われドアが付いたキャビンになっている。しかも、凝った作りのキャビンである。

ビアンキ20-30の側面
ビアンキ20−30CVサイドビュー
運転席は幌が付き、その後ろにキャビンがある。幌の後ろには、キャビンのドアを照らすランプが付いている。馬車に近い形である。
ビアンキ20−30CV斜め画像
運転席側から見たビアンキ
イタリアの車だが運転席は日本車と同じ右側だ。これは、ギアチェンジを右手で行えるようにしたからである。

この車の形は、自動車が馬車の代わりとして発達してきたというのがよくわかる形でもある。実際、自動車が街を走り始めた頃、自動車のことは「馬のいらない新しい馬車」と呼ばれていた。1880年代から90年代の自動車はまさしく馬のない馬車であり、それと比べればビアンキ20−30CVは現代の自動車に近いが、それでも馬車の名残が強く感じられる。

さて、馬車にもいろいろな形があり、むき出しの座席が並んでいるだけのものや、幌で覆われているもの、ドア付きのキャビンが取り付けられたものなどがある。

キャビンの付いた馬車
キャビン付きの4輪馬車
箱型のキャビンが付いた馬車である。キャビンのドアの上部にはランプが付いている。ビアンキ20-30CVのキャビンを彷彿とさせる。
Kozuch, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】

キャビンが取り付けられている馬車は、やはりお金持ちや地位の高い人のものだろう。高級素材で作られ飾りが付いたキャビンにはご主人が乗り、御者が馬を操るのである。

ビアンキ20-30CVは、このキャビン付きの馬車のスタイルが感じられる車である。運転席と乗客の乗る部分がしっかりと分けられていることからすると、自動車の分類で言えばリムジンになるだろうか。リムジンなら普通は大型の車だが、この車は可愛く、しかもカラフルだ。

馬車と御者
箱型の馬車と御者
1840年頃の馬車である。乗客が乗るキャビンの前に御者が座り2頭の馬を操っている。この馬がエンジンに変われば、まさに自動車だ。
PRA, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】

詳細は不明だが、このビアンキ20-30CVを主に所有したのは、御者付きの馬車に乗るようなお金持ちだったのではないだろうか。キャビンには家の主人が乗り、運転するのは家の使用人である。

20世紀初頭、車はお金持ちの贅沢品だった。

車が庶民のものとなり、自分の車を自分で運転するようになるのは、大量生産で低価格を実現したフォードT型からである。それまでは自動車は、お金のある人が馬車の代わりに持つものであった。

しかも、贅沢品である。もちろん、購入したお金持ちがレジャーとして自分で運転することもあっただろうが、基本的には主人が使用人に運転させ、リムジンとして使用したのである。

こうした車の使い方は、もちろん今でも存在する。社長や重役がリムジンで出勤する、つまりお抱えの運転手が運転する車で出勤してくるという会社は普通にある。数世紀前の馬車に始まり、今から120年前の自動車でも採用されていた使い方が相変わらず受け継がれているのである。

自動車の姿や形が大きく変わっても変わらない使い方が健在であり、これからも続くだろうということを考えると面白い。企業の社長がリムジンで出勤するのを見たら、この車の姿を思い出すといい。何だか楽しくなってくる。

1906年のウィーン
走っている乗り物は馬車か路面電車である。20世紀初頭のヨーロッパはどこの街もこのような状況だっただろう。だが、この後数年もすると馬車はどんどん自動車に置き換えられてゆくのである。
実はよく見ると1台だけ小さな自動車が走っているのが確認できる。動画開始12秒ぐらいの画面右端にご注目!