ドライエ 148L

ドライエ148L
ドライエ148L 1949年

色でも形でも、人目を引く高級車。

白、紺、赤に塗り分けられた派手な車体。長めのボンネットに印象的なデザインのラジエターグリル。屋根の上のパネルにKleber-Colombesと書いてあるところを見ると、商用車のようだ。しかし、商用車にしては、バンでもワゴンでもない。もちろんトラックでもない。言葉は悪いがチンドン屋である。こんな車が生まれたのにはどんなワケがあったのだろうか。

フランスはドライエの高級セダン148L

これは、フランスの自動車メーカーであるドライエの車だ。1936年から1953年までの間製造されていたドライエ148L型で、6気筒エンジンを搭載し、最高速度時速140kmを誇る高級セダンである。

では、なぜそんな高級セダンがこんなデザインとカラーになっているのか。その話はあとにして、まずはこの車を作ったドライエというメーカーについて語ってゆこう。

高級セダンであるドライエ148L
ドライエ148L
白、紺、赤の派手な車体の車も、本当はこんな車だ。148LのLは“光”を表すそうで、光のように早くスマートな高級車なのである。
jean-pierre 60;Cropped and levels adjusted by uploader Mr.choppers, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】

ドライエとは、フランス人技術者エミール・ドライエが1894年に創業した自動車メーカーである。なんと19世紀に生まれた歴史あるメーカーなのである。1880年代、ドイツでガソリン自動車が発明され、早くも1890年にはフランスで自動車が作られ始めていた。ドライエはそんな時期に開発、製造を始め、創業の2年後には自動車レースにも参加している。

そして20世紀を迎え、1920年代まではトラックを中心とした商用車を製造してきたが、世界恐慌の影響を受けた1930年代の始め、経営難を乗り切るために高級車製造に乗り出す。強力なトラックのエンジンやシャーシ作りの技術を活かして作られたドライエの高級車は、信頼性が高く、レースでも数々の記録を樹立。ドライエは、高級車メーカーとしてフランスをはじめヨーロッパの人々に認知されるようになるのである。

絵画調のドライエの広告
1908年のドライエの広告
いかにも20世紀初頭を感じさせる絵画調広告である。この頃は外国への輸出も始めており、大いにドライエ車を売ろうという時代でもあった。
Imprimerie J. Barreau, Paris, Public domain, via Wikimedia Commons】
ドライエ車の写真を使ったドライエの広告
1937年のドライエの広告
オランダの販売店が出した広告のようだ。見ての通りスマートな高級車を訴求している。広告コピーには、「新型ドライエ、もうお乗りになりましたか?メンテナンス不要の最高級スポーツカーです。」とある。
Conam.info, Public domain, via Wikimedia Commons】

高級車がどうしてこんな姿になった?

そんな高級車メーカーのドライエが製造したドライエ148Lであるが、このページの最初の写真にあるような姿になっているのはどういうワケなのだろうか。この派手な車は、実は宣伝用の車である。宣伝用と言っても試乗車のことではない。ドライエの宣伝を行うわけでもない。ツール・ド・フランスのキャラバンに参加し、宣伝を行う車なのだ。

ツール・ド・フランスと言えば毎年夏にフランスで行われる自転車のロードレースだ。1903年から開催されている歴史あるレースであり、イベントでもある。

ツール・ド・フランスでは、1930年から、運営費用調達のためスポンサーを募り、レース前に宣伝車を走らせるキャラバンを行うようになる。つまり、レースが始まる前に、沿道に集まった観客に向けてスポンサーが自社の宣伝を行う車を走らせるわけだ。

1936年のツール・ド・フランス
海岸通りを走り抜ける出場選手たち。手前に見えるロバの引くワゴンにはコロンビア・レストランと書いてあるが、これは宣伝キャラバンではなく、観客目当ての屋台だろう。
Agence Rol, Public domain, via Wikimedia Commons】
1936年の宣伝キャラバン
これも1936年のツール・ド・フランスで撮られた1コマ。この頃にはすでに宣伝キャラバンが始まっていた。トラックやバンが飾り付けられているのがわかる。
Agence Rol, Public domain, via Wikimedia Commons】

このページで取り上げているドライエ車は、1950年のツール・ド・フランス用にドライエ148Lをベースに1949年に製作されたもので、1953年のレースまで使われていたようである。スポンサーとなっているのは、Kleber-Colombesというフランスのタイヤメーカーである。

ボンネットの長い車体をうまく生かしたデザインで、ルーフには四方向に向けて音楽や音声を流せるスピーカーが載せられている。また、バックには大きな窓が付けられていて、スペアタイヤを見せている。これは、スペアと言うよりも自社製品であるタイヤを見せているのだろう。最初にチンドン屋のようなと書いたが、タイヤメーカーのKleber-Colombesを派手な音楽やナレーションで宣伝するのであるから文字通りチンドン屋である。

ドライエ148Lのスタイル
ドライエ148Lのスタイル
真横から見ると全体的に弓なりになったスタイルだ。こうした曲線を活かした個性的なデザインが、やはり宣伝車たる所以なのである。バックには大きな窓があり、中にタイヤが見えている。
ドライエ148Lのルーフのアップ
ルーフのデザイン
ルーフの前と左側にスピーカーが付けられているのがわかる。同様に後ろと右側にもスピーカーがある。四方向に向けて音楽や音声が流せるのである。

タイヤメーカーの宣伝車として。

このツール・ド・フランスの宣伝キャラバンは現在でも行われており、さまざまな企業の宣伝カーがたくさん参加している。どれも派手な飾り付けやカラーでチンドン屋振りを発揮している。

なお、お祭りやイベントで協賛企業が宣伝カーを走らせるというのは、ツール・ド・フランスだけではなく、世界の各地で行われている。日本でも、宣伝カーのパレードがあるお祭りやイベントが多く、このKleber-Colombesのドライエが走った1950年代にも開催されていた。

ツール・ド・フランスのキャラバンに参加したタイヤの宣伝カー
2014年のキャラバン
2014年のツール・ド・フランスのキャラバンに参加したKleberタイヤの宣伝カーである。ベンツのマイクロカーであるスマートの上に大きなタイヤを被せた大胆な、というかそのものズバリのデザインだ。
Chabe01, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons】
浜松まつりでの宣伝カー
日本のイベントでのキャラバン
昭和30年(1955年)5月に静岡県浜松で行われた浜松まつりの時の写真。「縞馬のマークで六十年」と書かれている車の上にはシマウマのハリボテが乗っている。これはボールペンで有名なゼブラの宣伝カーである。

さて、イベントで走らせる宣伝カーといえば、多くがトラックやバンなどの商用車がベースとなっている。たくさんの派手な飾りつけを施すのであるからその方が作りやすく、改造もしやすいというのがあるだろう。

ところが、ここで取り上げているドライエ 148Lはトラックでもバンでもない。乗用車である。しかも、大型の高級車だ。普通は資産に余裕のあるお金持ちが乗る車なのである。それを、惜しげもなく改造し、派手な色を塗って走らせたのである。

Kleber-Colombesとしては、高級車を宣伝カーにして走らせるというところに意義を見出したのだろうか。しかも、この車を2台も作ったそうである。

モーターショーに展示されたドライエ135
1946年パリ・モーターショーのドライエ車
戦後すぐの1946年に行われたパリ・モーターショーに展示されたドライエ135クーペ。コーチビルダー(車体製造業者)のデュボス社のブースに展示されていたものだ。当時のドライエ車は、コーチビルダーによってデザインされるタイプの車であり、戦後すぐの庶民が気安く手が出せるものではなかったのである。
Ctellal, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons】

高級車であるがゆえの宣伝効果とは。

確かに高級車であった方が観客の目を引くことは引く。「なんだドライエじゃないか。あの高級車を宣伝に使うなんて、もったいないなぁ」なんて反応があればシメたものなのである。

実はこの当時、第二次大戦後数年しか経っていないフランスは、高級車に対する風当たりが強かった。まだ戦争の影響が残っており、戦後の経済復興ももう少し先のことだ。政府は経済復興を優先させるため、庶民に手が届かない高級車には高額な税金を課していたのである。ゆえに、高級な乗用車を購入しようという人は少なかった。というより、買おうとしても、おいそれとは買えなかったのだ。

それを考えると、みんなの羨望の的となっている車を使うというのは、観客のそれも車好きの人間、つまりタイヤメーカーであるKleber-Colombesのお客様の注目を浴びるのは必須である。タイヤメーカーとしては、とても美味しい話となってくるのである。

高級車を宣伝キャラバンに使おうというアイデアは誰が思いついたのだろうか。詳しいことはわからないが、思いついただけでなく実際にやってしまうのだからなかなか大胆である。

ツール・ド・フランスのキャラバンを紹介する動画
古今のさまざまな宣伝カーが登場する。よく知られている企業や毎年必ず参加する企業などがあり、それぞれに工夫を凝らした宣伝カーを走らせているのがわかる。