色でも形でも、人目を引く高級車。
白、紺、赤に塗り分けられた派手な車体。長めのボンネットに印象的なデザインのラジエターグリル。屋根の上のパネルにKleber-Colombesと書いてあるところを見ると、商用車のようだ。しかし、商用車にしては、バンでもワゴンでもない。もちろんトラックでもない。言葉は悪いがチンドン屋である。こんな車が生まれたのにはどんなワケがあったのだろうか。
フランスはドライエの高級セダン148L
これは、フランスの自動車メーカーであるドライエの車だ。1936年から1953年までの間製造されていたドライエ148L型で、6気筒エンジンを搭載し、最高速度時速140kmを誇る高級セダンである。
では、なぜそんな高級セダンがこんなデザインとカラーになっているのか。その話はあとにして、まずはこの車を作ったドライエというメーカーについて語ってゆこう。
ドライエとは、フランス人技術者エミール・ドライエが1894年に創業した自動車メーカーである。なんと19世紀に生まれた歴史あるメーカーなのである。1880年代、ドイツでガソリン自動車が発明され、早くも1890年にはフランスで自動車が作られ始めていた。ドライエはそんな時期に開発、製造を始め、創業の2年後には自動車レースにも参加している。
そして20世紀を迎え、1920年代まではトラックを中心とした商用車を製造してきたが、世界恐慌の影響を受けた1930年代の始め、経営難を乗り切るために高級車製造に乗り出す。強力なトラックのエンジンやシャーシ作りの技術を活かして作られたドライエの高級車は、信頼性が高く、レースでも数々の記録を樹立。ドライエは、高級車メーカーとしてフランスをはじめヨーロッパの人々に認知されるようになるのである。
高級車がどうしてこんな姿になった?
そんな高級車メーカーのドライエが製造したドライエ148Lであるが、このページの最初の写真にあるような姿になっているのはどういうワケなのだろうか。この派手な車は、実は宣伝用の車である。宣伝用と言っても試乗車のことではない。ドライエの宣伝を行うわけでもない。ツール・ド・フランスのキャラバンに参加し、宣伝を行う車なのだ。
ツール・ド・フランスと言えば毎年夏にフランスで行われる自転車のロードレースだ。1903年から開催されている歴史あるレースであり、イベントでもある。
ツール・ド・フランスでは、1930年から、運営費用調達のためスポンサーを募り、レース前に宣伝車を走らせるキャラバンを行うようになる。つまり、レースが始まる前に、沿道に集まった観客に向けてスポンサーが自社の宣伝を行う車を走らせるわけだ。
このページで取り上げているドライエ車は、1950年のツール・ド・フランス用にドライエ148Lをベースに1949年に製作されたもので、1953年のレースまで使われていたようである。スポンサーとなっているのは、Kleber-Colombesというフランスのタイヤメーカーである。
ボンネットの長い車体をうまく生かしたデザインで、ルーフには四方向に向けて音楽や音声を流せるスピーカーが載せられている。また、バックには大きな窓が付けられていて、スペアタイヤを見せている。これは、スペアと言うよりも自社製品であるタイヤを見せているのだろう。最初にチンドン屋のようなと書いたが、タイヤメーカーのKleber-Colombesを派手な音楽やナレーションで宣伝するのであるから文字通りチンドン屋である。
タイヤメーカーの宣伝車として。
このツール・ド・フランスの宣伝キャラバンは現在でも行われており、さまざまな企業の宣伝カーがたくさん参加している。どれも派手な飾り付けやカラーでチンドン屋振りを発揮している。
なお、お祭りやイベントで協賛企業が宣伝カーを走らせるというのは、ツール・ド・フランスだけではなく、世界の各地で行われている。日本でも、宣伝カーのパレードがあるお祭りやイベントが多く、このKleber-Colombesのドライエが走った1950年代にも開催されていた。
さて、イベントで走らせる宣伝カーといえば、多くがトラックやバンなどの商用車がベースとなっている。たくさんの派手な飾りつけを施すのであるからその方が作りやすく、改造もしやすいというのがあるだろう。
ところが、ここで取り上げているドライエ 148Lはトラックでもバンでもない。乗用車である。しかも、大型の高級車だ。普通は資産に余裕のあるお金持ちが乗る車なのである。それを、惜しげもなく改造し、派手な色を塗って走らせたのである。
Kleber-Colombesとしては、高級車を宣伝カーにして走らせるというところに意義を見出したのだろうか。しかも、この車を2台も作ったそうである。
高級車であるがゆえの宣伝効果とは。
確かに高級車であった方が観客の目を引くことは引く。「なんだドライエじゃないか。あの高級車を宣伝に使うなんて、もったいないなぁ」なんて反応があればシメたものなのである。
実はこの当時、第二次大戦後数年しか経っていないフランスは、高級車に対する風当たりが強かった。まだ戦争の影響が残っており、戦後の経済復興ももう少し先のことだ。政府は経済復興を優先させるため、庶民に手が届かない高級車には高額な税金を課していたのである。ゆえに、高級な乗用車を購入しようという人は少なかった。というより、買おうとしても、おいそれとは買えなかったのだ。
それを考えると、みんなの羨望の的となっている車を使うというのは、観客のそれも車好きの人間、つまりタイヤメーカーであるKleber-Colombesのお客様の注目を浴びるのは必須である。タイヤメーカーとしては、とても美味しい話となってくるのである。
高級車を宣伝キャラバンに使おうというアイデアは誰が思いついたのだろうか。詳しいことはわからないが、思いついただけでなく実際にやってしまうのだからなかなか大胆である。