高級車メーカーの主張が、ここにある。
このデザイン、一体誰が考えたのか。特にボンネットまわりは全くユニークだ。この変わった車は、パナールディナX。1947年にパナールという自動車メーカーが世に出した車である。パナールとはあまり聞かない名前かもしれない。では、そのメーカーの話から始めよう。
老舗自動車メーカー、パナール。
パナールは、フランスの会社だ。19世紀に創業し、フランス最初のガソリン自動車を製造した老舗自動車メーカーである。現在は軍用車両を製造するメーカーで乗用車は作っていないが、エンジンを車の前部に置き、ギヤを介して駆動力を後輪に伝えるという現在の自動車の基本的な駆動システムを発明した会社でもある。
パナールは、19世紀の終わりから20世紀の初期にかけて、自動車産業の発展に大きく貢献し、数々の自動車レースでも好成績を残した。特に第二次大戦前までは、静かで力強く、しかも美しい車づくりで定評があり、高級車を主力製品としていた。
ところが、第二次大戦が終わると、パナールの主力製品でもあった高級車は売れなくなってしまった。当然だが、戦争で経済的に疲弊した人々には高級車を買うような余裕は無かったのである。そこで、各自動車メーカーはこぞって小型車の製造を始めた。手軽に手に入れられる自動車が求められたからである。
戦後初の小型車、ディナX。
高級車が売り物だった老舗のパナールも、ここで一般向けの小型車をデビューさせる。それが、パナールディナXである。パナールとしては何としてでも戦後の業界での地位を固めたかったのだろう。名前に「X」という文字を入れることからして決意のほどがわかる。
X(エックス)には「未知のもの」という意味がある。これまでになかった、見たこともない自動車だという意気込みである。初めて見る人にとっては、確かにこの車のデザインは「X」だろう。かなり個性的だ。
Xはこの車のデザインだけではない。ボディの素材はアルミ製で軽量。車内スペースも他の小型車より広いというのが売りだった。また、エンジンは空冷式水平対向エンジンを搭載した。振動が少なく、重心を低くできるため安定した走りを楽しめた。
このエンジンのおかげで、車の前部に大きなラジエターグリルを配置する必要がなく、個性的なデザインともなったのである。合理的な設計と個性的なデザインで一般向けの小型車を投入する、これがパナールの戦略であった。
なぜ、こんな個性的な車が・・・?
この車が登場したのは1947年。戦争が終わってまだ2年である。そんな時期に「X」という名前の「これまで見たこともない」車が登場した。しかし、それにしても特異なデザインである。車の前部に大きなグリルはないが、派手な装飾を施した外気取入口がある。また、ライトが目玉のようでまるでカエルの顔だ。このデコラティブなデザインは、耽美主義的でさえある。
しかし、ここがパナールのパナールたる所以なのだ。戦前までパナールは高級車を生産していた。高級車であるから、その車を持つことがステータスともなる装飾の施された車であった。また、パナールには19世紀からフランスの車づくりを引っ張ってきたという自負もあっただろう。
それが戦後は一転し、一般の求める小型車を製造することになる。だが、車はステータスであることをパナールは捨てきれなかった。ディナXのデコラティブなデザインがそれを物語っている。
この車にはパナールの主張が感じられる。「一般向けの小型車と言えども、パナールの出す車は普通じゃない。大きさこそ小型だが、自家用車を持っているという見栄を張れる車でなければならない」という主張だ。
簡単に言えば「天下のパナールが貧乏くさい車を出せるか!」というわけである。まさに、この車に乗ることで、戦前の豊かな時代、古き良き時代に戻れるとパナールは訴えたかったのではないだろうか。
ディナXに続いて登場した、ディナZ。
しかし、このパナールディナXも、ルノーやシトロエンなど他のメーカーの小型車のようにヒットを飛ばすことはできなかった。やはり、ディナXがいかに個性的と言えども、広大な販売網を確立していた大メーカーには叶わなかったのだ。そこでパナールは、1953年にディナZを登場させる。Xに続いてZである。「Z」にもやはり未知という意味がある。
ディナZもやはりアルミボディで空冷式水平対向エンジンである。ディナXと同様の機構ではあるが、車全体の大きさが違った。アルミボディの軽量を活かし、今度は大型車を出したのである。2000ccクラスのサイズで、なんと車両重量は650kg。現在の日本の軽自動車よりも軽い。850ccのエンジンで時速130キロを出した。
そして、そのデザインもまた“未知のもの”であった。ボンネットとフェンダーを一体にした現代的なスタイルでありながら、フロントはディナXに似て「2つの目玉におちょぼ口」といった顔をしている。
しかし、この車も12年後にパナールの乗用車部門がシトロエンに吸収合併されると販売が終了した。Zには未知という意味の他に「最後」という意味もある。ディナZは、文字通りパナール独自の乗用車の最後を飾った車となった。
パナールディナXとZ。フランスの合理主義とこだわりのデザインをつぎ込んだこの車は、フランスの老舗自動車メーカーが作ったあだ花だったのだろうか。
デザインに対して好き、嫌いはあろうが、そこには他の車には見られないセンスや利点があることは確かである。さらに、アルミ製の軽量ボディを低排気量のエンジンで動かすというこの車の基本コンセプトは、一定の評価も得ている。
パナールディナは、そんな点でやはり戦後の一般向け小型車として特筆すべき車と言えるのではないだろうか。