ディブコ デリバリートラック

ディブコデリバリートラック
ディブコ デリバリートラック 1937年

牛乳配達なら、このトラック。

小さめの車体に縦長の扉がついたバンタイプの車。ボンネット先端のラジエターグリルと2つのライトの配置がなんともカワイイ。子ブタというか子牛というか、そんな動物を思い出させる。

これは、アメリカのディブコという自動車メーカーが作った商用車だ。1937年にデビューし1980年代まで製造していたロングセラー車でもある。

この車の興味深いところは単なる商用車ではないことにある。荷室のスペースはたっぷりとあるが、単に荷物を運ぶのではなく、デリバリーするつまり個別に配達するための専用車なのだ。

ディブコデリバリートラックのスタイル
ディブコ デリバリートラックのスタイル
背が高く、全長は短め。ドアは、折りたたみ式だ。狭い道でもたくさん積んで入って行くことができ、荷物の出し入れもスムーズ。戸別配達専用の車である。

牛乳配達などの専用車を作ったディブコ。

上の写真の車にはBorden’sと書かれ、牛のイラストが描かれている。ボーデンとは、乳製品の製造、販売を行うアメリカの企業である。有名なアイスクリームにレディーボーデンというのがあるが、それもこの企業のブランドの一つだ。

ボーデン社は、19世紀から牛乳配達事業に参入しており、アメリカで初めてビン詰めの牛乳を発売し、家庭に配達したことでも知られている。この車は、そのボーデン社の牛乳配達に使われた車なのである。

さて、このデリバリートラックを作ったディブコであるが、どのようなメーカーなのだろうか。ディブコは、英語で綴るとDIVCO。それは、Detroit Industrial Vehicles COmpanyの略で訳せばデトロイト産業車両会社だ。この会社は、最初から配送用の自動車の製造、販売を目的に生まれたメーカーであり、アメリカのデトロイトで1926年に創業した。

ディブコは創業から1930年代にかけて、さまざまなタイプの配送用車両を開発、製造している。そして決定版となったのは1937年に生まれたモデルUである。そのモデルUがこのページで取り上げている車で、1986年までほとんどデザインの変更もなく製造され続けた。

ディブコツインの写真
ディブコ ツイン
ディブコは、1936年にバス製造会社であるツインコーチに買収され、その傘下となる。その際に作られたのがディブコ ツインである。配送車であるが、バスのような趣だ。
Mr.choppers, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】
実際のディブコデリバリートラックの写真
ディブコ デリバリートラック
ディブコ配送用車両の決定版となったモデルUの実車である。1937年から86年までこのデザインで製造されていた。
CZmarlin — Christopher Ziemnowicz, releases all rights but a photo credit would be nice, Public domain, via Wikimedia Commons】

立ったままで運転できるのが特長?

この車、配送、それも家庭への配達用に作られた車ということだが、普通のトラックやバンとどこが異なるのだろうか。アクセルやブレーキがハンドルの近くに付いており、立ったまま運転ができるという大きな特長がある。牛乳配達のような配達業務をスムーズにこなすためには、この立ったままの運転が重要になってくるのだ。

牛乳配達は、郵便や宅配便とは少し異なる業務である。毎日決まった時間に、同じものをたくさんの家庭に届けなければならないからである。そんな業務で車を使うとなると、動いたり停まったりが多くなる。例えば、通りに並んだ全ての家に牛乳を配達する場合は、車を数メートル動かして停めて配達するという同じ作業の繰り返しとなる。

そこで立ったまま運転できる車が便利なわけだ。いちいち座席に座りハンドルを握ってアクセルを踏むなんて、時間もかかるし疲れてしまう。車に乗り込んで立ったままアクセルのレバーを動かすことができれば、次の家にすぐ向かえるのだ。

デリバリートラックのドアの横に配達員が立っている写真
ディブコで牛乳配達
片手に牛乳を持ち、もう一方の手は車に。これがディブコ車の配達スタイルだった。立ったまま車を動かしたのである。
デリバリートラックの運転席の写真
ディブコのインパネ
ハンドルはあってもアクセルやブレーキは見当たらない。ハンドルのすぐ下に付いているレーバーで操作したようである。
F. D. Richards from Clinton, MI, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons】

ディブコのデリバリートラックは、牛乳配達にはとっても便利で、アメリカの多くの牛乳配達の企業に採用されたようである。また、牛乳配達だけではなく、クリーニング店やパン屋、新聞配達などでも大いに使われていた。

今やディブコは、アメリカ人の懐かしアイテム。

しかし、そんなアメリカも現在では 牛乳などの戸別配達は少なく、消費者がお店で商品を購入するという形が普通である。ゆえに、このデリバリートラックは、今ではアメリカの人にとって思い出深い、懐かしい車となっているようだ。

牛乳配達と言えば、日本人にとって懐かしいのは、家の門や玄関に付けられていた木の牛乳箱だが、アメリカ人にとってはディブコのデリバリートラックだそうで、ディブコクラブという会もある。その会のサイトを見ると「ディブコのトラックは、かつては野球や母親のアップルパイと同じくらいアメリカ人の生活の一部だった」と書かれている。相当に思い入れがあるトラックなのである。

Vitamilk Dairy Delivery Truck
ディブコトラックの牛乳配達
Vitamilkという名のアメリカの乳製品会社のディブコデリバリートラックと配送員の写真。50〜60年代の広告用写真からとられたものだろうか。アメリカ人にとって牛乳配達と言えばこのイメージなのである。
Vitamilk Dairy Delivery Truck by aldenjewell, on Flickr

牛乳配達の車、その歴史を探る。

さて、牛乳配達で使われた車に関してもう少し深く探ってみよう。牛乳の配達事業は19世紀から始まったようであるが、最初は当然自動車ではなく馬車であった。ヨーロッパ、特にイギリスで発達したようであり、ミルクフロートと呼ばれていた。荷台の低い馬車に大きなミルク缶を積んで家庭まで運び、各家庭の容器にミルク缶の牛乳を注いで販売していたようである。

そんなミルクフロートが20世紀に入ると馬車から自動車へと切り替えられる。そして、配達する牛乳も大きなミルク缶から個別のビン牛乳へと代わっていった。

馬車用の2輪のミルクフロート
初期のミルクフロート
馬に繋げて使う2輪のミルクフロートである。低く作られた荷台にミルク缶を乗せて運んだ。イギリスのマイルストーン博物館の所蔵品。
Murgatroyd49, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons】
4輪の大型ミルクフロートが街角に
大型のミルクフロート
カナダのモントリールで見られたもの。2頭の馬が引いている。撮影されたのは1942年であり、その頃には現代のバンに似た箱型の車になっている。
Conrad Poirier, Public domain, via Wikimedia Commons】

配達に使用する車は、アメリカのディブコはガソリン自動車だったが、ヨーロッパでは電気自動車が主流で、イギリスには牛乳配達用の電気自動車を製造するメーカーがたくさんあったようだ。

短い距離を走るだけでよく、スピードを出す必要もないということから電気自動車となったのだろうが、実際に1960年代のイギリスでは、バッテリー式の電気自動車の台数が世界で一番多かったという統計がある。その電気自動車のほぼすべてが牛乳配達車だったようである。

このようにヨーロッパ、特にイギリスでは60年代の牛乳配達は電気自動車が主流だったのに対し、アメリカはガソリン車のディブコだったというのは興味深い話である。実はディブコは1926年に創業しているが、その創業のきっかけは、電気自動車からの脱却であった。

街角に停まる牛乳配達の電気自動車
イギリスで見られた牛乳配達用電気自動車
イギリスロンドンのTHルイス社が製造したルイス エレクトラックという電気自動車である。LCS(ロンドン協同組合)の牛乳を配達している。牛乳瓶ケースの並んだカートに車と運転台が付いたといった簡素な作りである。撮影されたのは1969年。
Bob1960evens, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons】

なぜアメリカの牛乳配達はガソリン車なのか?

1920年代はアメリカの配送用車も多くが電気自動車だったようだ。しかし、当時のバッテリーは寒さに弱く、特に寒冷地では性能にも限界があった。そこでガソリン車の配送用車を製造する会社ディブコが生まれたのである。

アメリカのように広い土地では、配送するにも長距離を走らなければならない。しかも寒冷地に人口の多い都市がある。配送車はやはり、バッテリーの心配をせずに走行でき、ある程度スピードが出せる車でなければならなかったのである。

ディブコデリバリートラックのヒットのおかげで、戦後のアメリカでの個別配達は、電気自動車ではなくエンジンによるガソリン自動車でというのがあたりまえとなった。土地の事情があったのだが、なにしろアメリカである。それ以上の要因もあったかもしれない。

1950年代から60年代にかけてアメリカは豊かで、人々は大きく豪華でパワーのある自動車を乗り回していた。配送用の自動車にもそんなアメリカ的気質が関係している気がする。「パワーのない電気自動車でチマチマ配達できるか!」というわけである。この車、やはり配送トラックのアメ車なのでもある。

ディブコ デリバリートラックのレストア動画
1957年製のトラックを3年以上かけてレストアした際の様子が7分ほどの動画にまとめられている。アメリカの人のディブコに対する愛の深さがわかる動画でもある。