お出かけは、遊覧バスに乗って。
これはまた不思議な車である。たくさんの座席がついたオープンカーで、遊園地の車、お客を乗せて園内を巡る乗り物を思わせる。ところがこの車は、公道を走るバスなのである。それも観光バスだ。いや観光バスと言うよりも、遊覧バスと言ったほうがしっくり来そうだ。
これは、フランスの自動車会社シトロエンの23RUというバスである。正確にいえば23RUを屋根のない観光バスとして製造した車なのである。しかしこのバス、見れば見るほど面白い作りになっている。
普通の観光バスならば、ドアは一つで、車内の真ん中に通路があり、その両側にシートが並ぶというレイアウトになっているものだ。ところがこのバスは、真ん中に通路はなく、ベンチシートが並んでいる。運転席のベンチシートの後ろに3列分ベンチシートがあり、各シートに合わせフロントガラスと左右のドアが付けられているのである。この作りが、最初に書いたように遊園地の乗り物を思わせるのだ。
シトロエン23RUとはどんな車?
さて、このオープン型バスのベースとなっているシトロエン23RUだが、どんな車なのか。シトロエンは1935年から1969年まで、シトロエン23というトラックを製造していた。いわゆるボンネット型の小型トラックで、フロントグリルにシトロエンの三角模様がついたところは、確かにシトロエン車である。
このシトロエン23トラックは戦前からバスに改造され、活躍していたようだが、改めてバス専用車として開発されたのが23RUである。1941年から製造されている。
1941年であり戦時中でもあることから当初は軍用車としての需要のみであった。お客を乗せるバスとなったのは戦争が終わってからである。しかも戦後は、戦争による被害で数の少なくなったバス車両を補うため、物資不足の中、多く生産されたようだ。
最初はシトロエンの工場でバスを製造していたが、後には工場で組み立てられたエンジンとシャーシの上にコーチビルダーがボディを製造して取り付け、さまざまなバスが作られるようになっていった。なお、コーチビルダーとは、自動車メーカー製造のシャーシを元にボディを設計し、製造、取り付けを行うメーカーのことである。
シトロエン23はもともと小型トラックであるので、車体もあまり大きくはない。ゆえに23RUにも多くの座席を取り付けることはできず、地方で営業する小型バスなどが作られた。最初は、郵便局の配達や集荷に使われる車などにも使われたようである。
23RUの観光バス、その正体は。
では、遊園地の乗り物のような23RUのオープン型バスは、いったいどのような経緯で製造されたのだろうか。そしてどのように使われたのだろうか。
まずバスの側面に注目すると、そこには「Rocamadour-Gorges du Tarn」と記されている。訳せば「タルヌからロカマドゥール渓谷まで」といった意味になるが、これはバス会社の名前である。運行する地域の名称をそのまま名前にしているのである。
日本にもその昔、草軽電気鉄道という名前の鉄道会社があったが、草津から軽井沢までの路線を運行する鉄道会社であった。草津から軽井沢だから「草軽」、それと同じである。
そして、この変わった形のオープン型バスは、Rocamadour-Gorges du Tarnバス会社が第二次世界大戦後すぐの1947年にメーカーに注文して作らせたバスだ。戦後の観光需要を当て込んで導入したもののようである。
ロカマドゥールはフランスの南西部にある小さな村で、深い谷に沿って中世の建物が並ぶ美しい場所である。黒い聖母像がある教会も有名で、現在でも年間150万人の観光客が訪れる。バス会社は、シトロエン23RUを元にして作られたこのバスに、聖地巡礼の観光客を乗せ、運行したのである。1950年代から1960年代にかけてこのバスは大いに活躍しており、観光客は、このオープン型バスでロカマドゥールの美しい景色を堪能したことだろう。
オープン型観光バスのルーツを探る。
ロカマドゥールで観光用バスの運行は、シトロエン23RUが最初ではない。戦前も同様のバスが走っていた。戦後すぐに作られたこのシトロエン23RUバスは2代目でもある。しかも、横に長い座席を並べた屋根のないバスの運行は、このロカマドゥールの専売特許でもない。1910年代からヨーロッパやアメリカでは、さまざまな観光地でこうしたバスが観光客を乗せて走っていたようである。
さらに時代を遡れば、自動車のない時代にもこうした乗り物が存在した。屋根のないキャビンのついた馬車を使って多くの観光客を運んでいたのである。その馬車は19世紀初頭にフランスで生まれ、フランス語でchar à bancsと呼ばれていた。「ベンチ付き馬車」という意味である。
写真として残っているベンチ付き馬車の様子を見ると、乗客の乗る部分には馬車の車軸と平行にベンチが置かれており、オープン型バスによく似ている。大きなものになると35人から40人の乗客を乗せ、5頭の馬で引いていたようである。
昔から団体旅行で重宝した観光バス。
このベンチ付き馬車、最初は競馬や狩猟などの移動式の観覧席として使われたようだが、後に学校や職場の旅行、遠足などに使われるようになり、人気を得たようだ。現代の観光バスのように団体旅行に大いに利用されたのである。
こうした観光馬車の延長線上にあるのが、オープン型観光バスなのである。移動手段が馬車から自動車に代わると、大型自動車の荷台に座席を並べて団体旅行に使おうというのは、やはり自然の流れなのだろう。
このようにシトロエン23RUバスは、昔の観光馬車の伝統をしっかりと引き継いでいるバスなのだ。オープン型で開放感があり、名所旧跡やいい景色の中をゆっくりと走れば今でも評判を呼ぶに違いない。
インバウンド需要が大いに高まっている今、日本の観光地でもこんな観光バスを走らせてみたらどうだろう。アメリカやヨーロッパの人々は昔からこのタイプのバスに乗って観光を楽しんできたのだから。