エンジンは後ろに、荷室は広く。
アニメのキャラクターのようなかわいい軽自動車。初代のスバル サンバーである。バンパーとその上のラインが個性的な顔つきを演出し、“クチビルサンバー”とも呼ばれ、愛された。
上の車はワンボックスのバンタイプであるが、荷台の付いたトラックも同時に販売されている。登場したのは、昭和36年(1961年)で、2代目が昭和41年(1966年)に出るまで5年間販売されていた。
スバルと言えばよく取り上げられるのはあのスバル360だが、この車、スバル360の完成後すぐに開発がスタートしている。乗用の国民車としてヒットした車に続く、商売用の国民車という意気込みがスバルにはあったのだろう。
リアエンジンの商用車として。
スバル サンバーには、リアエンジン車という大きな特徴がある。つまり、エンジンが後ろにあるということである。ここもスバル360が関係しているが、テントウムシとも呼ばれたスバル360はドイツのフォルクスワーゲンビートルのように後部にエンジンを載せ後輪を駆動させるRR、つまりリアエンジン・リアドライブ車であった。その流れを受け継いでいるのである。
この当時、鈴木自動車のスズライト キャリイやダイハツ工業のハイゼットなど、軽の4輪トラックやバンが登場してきていた。しかし、それらは多くが前にエンジンを搭載し後輪を回すFR(フロントエンジン・リアドライブ)であった。したがって、運転席の前にはボンネットがつく。しかし、サンバーの場合は、後ろにエンジンを搭載しているため、前輪の上が運転席となるキャブオーバーとなり、荷物室や荷台を広く取ることができた。
しかも、RRのメリットは荷物スペースの広さだけではない。後ろに載せたエンジンがよい重りとなって坂道でもスリップが少なく、安定して走ることができたのである。また、当時の商用車では珍しくサスペンションに4輪独立懸架を採用していた。これによりソフトな乗り心地となっていたが、荷台に載せた品物の破損が少ないという商用車ならではのメリットもあった。
使用目的を考えて生まれたキャブオーバー。
商用車にとって、積載量が多く、大型の荷物でも積めるというのは大きな魅力である。また、揺れがソフトなサンバーは、壊れやすい荷物でも安心して運べただろう。特に大きな板ガラスや畳を扱うお店などでは、サンバーでないと商品が運べないということで絶対の信頼を得たようである。
競合他社の軽商用車も、サンバーの登場以後はみなキャブオーバータイプへとモデルチェンジしていった。特に荷室の広さというのは、車のサイズに制限のある軽商用車にとっては差別化の大きなポイントとなったのである。
実は、軽の商用車で最初にキャブオーバーを採用したのはサンバーではない。昭和35年(1960年)に販売を始めたくろがね ベビーが最初である。くろがね ベビーは、オート三輪の老舗メーカーであった東急くろがね工業が開発した四輪の軽自動車で、やはり荷台、荷室の広さから評判となっていた。
スバル サンバーは、そのくろがね ベビーの後を追ったことになる。だが、オート三輪から出発したくろがねとは違い、サンバーは日本の商売の事情を考慮して作られた四輪の商用車であった。開発姿勢のベースが異なっているのだ。それゆえ、扱いやすさや信頼性からくろがねベビーを抜いて大きくヒットすることになる。
昭和30年代の商用車ニーズとは・・・。
昭和30年代、一般の商店や中小企業をターゲットに開発され大ヒットした車に、軽のオート三輪ダイハツ ミゼットがある。登場したのは昭和32年(1957年)である。最初はオートバイに荷台を付け幌をかぶせたような車であり、ハンドルもバイクのようなバーハンドルだった。
それが2年後の昭和34年(1959年)には、屋根とドアが付き、丸いハンドルの付いた軽自動車へと進化していった。ユーザーからすれば、大枚をはたいて買うのだから荷物がたくさん積めて、雨の日でも濡れたり汚れたりせず、運転がしやすいのがいいというわけである。当たり前だがそんな商用車をユーザーは求めていたのである。
この当時、ダイハツや鈴木自動車など軽自動車のメーカーでは、商売用の四輪軽自動車の開発に力を入れていた。スバルはその中で、商売に使う車に求められるニーズを考慮し、荷台の積載力を優先させたキャブオーバーの商用車サンバーを開発し、売り出したのである。
こだわりのスバルの答えだった。
もともとサンバーがキャブオーバーを採用したのは、スバル360の技術を応用し、リアエンジンとしたためであった。しかも、キャブオーバーは運転席が前輪の上にあるため、事故の際には運転手が危険というデメリットもある。
しかし、スバルでは、キャブオーバーの方がボンネット車と比較して前が見やすく事故の予防において有利であるという研究結果から、敢えて積載力を優先させたキャブオーバー型にしたという話がある。
実際にこの後、スバルの軽乗用車がフロントエンジンになってもサンバーはリアエンジンにこだわり続けた。軽の商用車にとってはそれが最適であるという絶対の自信をスバルは持っていたのだ。
求められるのは何かをユーザーの視点から考え、自分たちの持つ技術を使って最適な答えを探り、それを形にする。自動車メーカーにとっては当たり前のことではあるが、昭和30年代にそれを商用の軽自動車で実践したのが、このスバル サンバーなのである。