自動車大衆化の時代の中で。
ちょうど同じ頃、海の向こうのアメリカではフォードが大量生産システムによりフォードT型を製造、販売していた。このフォードT型こそ、庶民の手の届く自動車として歴史に名を残す車でもあった。
フィアット ゼロが登場した頃のフォードT型の値段は、ベーシックなモデルで600ドルほど。当時の600ドルは今の価値で言えば300万〜400万円だそうである。なるほどこれなら、一般庶民にも手が届く。

1910年型のフォードT型の写真。この車は、4人乗りの2ドアツーリングモデルである。
【Harry Shipler, Public domain, via Wikimedia Commons】

工員が流れ作業で車の部品を組み立てている。フォードはこうした大量生産システムを採用し、自動車の値段を大きく下げた。
【file:Ford_assembly_line_-_1913.jpg, Public domain, via Wikimedia Commons】
車の値段はどうあれ、興味深いのはヨーロッパのイタリアでもアメリカでも同じ頃に自動車の大衆化が始まっているということだ。でも、この後の乗用車の発達が、それぞれの国で違う展開となるのが面白い。アメリカは、馬力のある大型の車となってゆくのに対し、イタリアのそれもフィアットは小型でしゃれた車を作るようになってゆくのだ。
これは、アメリカでは広大な国土を移動する必要があるのに対し、イタリアでは中世から変わらない狭い道を走らなければならないといった、それぞれのお国の事情があるからだろう。
デザインを重視した“ゼロ”。
でも、それ以上の理由もありそうだ。フィアット ゼロは、そのラジエターグリルのデザインを若き日のバッティスタ・ファリーナが行っているという話がある。
バッティスタ・ファリーナとは、イタリア最大のカロッツェリアであるピニンファリーナの創業者だ。なお、カロッツェリアとは自動車のデザインを行う専門企業のことで、ピニンファリーナは、フェラーリを始めとするスポーツカーのデザインを得意としている。

車の先頭のラジエターグリルのデザインに若き日のバッティスタ・ファリーナが関わっているそうだが、基本的にすっきりスマートなデザインの車と言える。やはりイタリア車は、低価格車であっても手を抜かないというのが信条なのだ。
そう、フィアットは、低価格の小型車もデザイン性を重視していたのだ。同じ大衆向けの車でも実用性を重視したフォードとはここが大きく違う。大体において大衆向けにも2人乗りのスパイダーのような遊び車をラインアップする姿勢からして、やはりイタリアンなのだ。
イタリアでは、おしゃれでなければ、そして楽しめなければ車じゃないのである。
イタリアのビンテージカー・ショップ「Ruote da Sogno」のYouTubeチャンネルに掲載されている動画。1913年型のフィアット ゼロで、4人乗りのトーピードスタイルである。実際に走る様子が収録されている。この車、1964年に発見され数年かけて修復されたと動画の解説では述べられている。丁寧にレストアされたゼロを見ると、やはり美しいしゃれた車であることがよくわかる。
