フィアット ゼロ

庶民にも手に入れられる車…だったが。

さて、このフィアット ゼロだが、最高時速は70Kmで、リッターあたり約5Km走るという当時としては高い性能を持つ車であった。排気量こそ小さめであるが、他の車に引けを取らないスグレモノでもあったのである。

発売時の広告の宣伝文句には、「この新型車は、その堅牢さ、優雅さ、極めて手頃な価格に加え、速度や登坂性能、静粛性、そして最小限の燃料消費量により、現在市場で入手可能な車の中で最も優れた一台であることを保証する。」と書かれていた。フィアットの自信のほどがわかるコピーである。

そしてこの車は、低価格を実現させるため大量生産されたイタリア初の乗用車でもあった。実際に顧客の支持を受け2200台ほどが製造されたようである。しかし、低価格とは言うものの1台の値段は8000リラであった。なんと当時のアパートの価格に相当したと言われている。一軒家ではなくアパートである。

フィアット ゼロの実車の写真
フィアット ゼロ スパイダーの実車
現代の自動車関連の博物館に展示されているゼロ スパイダーである。コンパクトな作りで豪華な装備が付けられているわけではないが、なんとこれが、発売当初はアパート1軒分の値段がしたのである。
Thomas’s Pics, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons】

ちなみに1910年代の中流の庶民の年収は高くて3000リラだったそうだ。してみると8000リラは数年分の年収になる。現代の感覚では1000万円以上というところになるだろう。今ならゼロは超高級車だ。

この後ゼロは6900リラに値下げされているが、それでも結構な値段である。でも、これを手頃な価格と広告で訴えているのだから、当時の乗用車とはいかに贅沢品だったかがわかる。

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自動車大衆化の時代の中で。