フィアット ゼロ

なぜ“ゼロ”なのか。その理由は。

この車、“ゼロ”である。潔い印象のネーミングだが、ではなぜフィアットは、この軽快な小型車にゼロと名付けたのか。まずそのあたりの経緯から見ていこう。

フィアット ゼロは1912年から1915年にかけて製造された排気量1900ccのエンジンを積んだ小型車である。最初に発売された時はスパイダーではなく、トーピードと呼ばれるストレートな車体に幌を付けたスタイル。当時流行の流線型で、4人乗りであった。そして、1914年に、さらに小型で2人乗りのスパイダーが登場する。

排気量2000cc以下の小型車というのが、このゼロの開発コンセプトであった。その頃のフィアット車のラインアップは、排気量が約2000ccから7000ccを超えるものまであり、タイプ1からタイプ6までに区分けされていた。

フィアット タイプ1の当時の写真
フィアット タイプ1
1908年から1910年にかけて製造されたタイプ1の写真。宣伝写真と思われる。排気量2200ccの車でかなり大きい。イタリア国内だけでなく外国にも輸出され、パリやロンドン、ニューヨークなどでも走っていたようである。
older than 70 years (Italy), Public domain, via Wikimedia Commons】

だが、1910年代になると2000cc以下のより小型な車が求められるようになってきていたのである。それはこの時代、自動車が一部のお金持ちの道楽から多くの庶民も楽しめるものへと変わりつつあったからだ。つまり自動車は、一般にも手が出せる製品とならねばならず、そのためより小型で経済的な車が求められていたのである。

そこで、1900ccのフィアット ゼロである。ゼロとは、もうおわかりだろうが、2000ccのタイプ1よりも小さいという意味でタイプ0(ゼロ)なのである。

また、フィアットとしては、「さあこれから庶民向けの新しい車を作るぞ!」という意味で出発点のゼロという意味もあったかもしれない。いずれにしてもそれまでの車にはなかった新たな試みであった。

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庶民にも手に入れられる車…だったが。