シトロエン H型

シトロエンならではのアイデアと技術が。

シトロエン H型が生まれたのは、1947年。第二次世界大戦が終わってすぐの時期である。ボディを一体成型のモノコック構造とし、当時としては珍しい前輪駆動システムを採用。また、車体に波型のパネルを使って軽量化と低コストを実現している。

戦後のシトロエンと言えば、2CVやDSなど、個性あふれるデザインで独自のシステムを持った車を世に出したが、このH型もその一つである。

前輪駆動で四角い車体、低い床を実現させることで広い荷室を確保。側面にスライドドアを採用し、バックには跳ね上げ式と両開きドアも付き、狭い道でも荷物の積み下ろしがしやすかったため商用車としてヒットすることとなる。

4台のシトロエン車が並んだ写真
シトロエン揃い踏み
1940〜60年代のシトロエンのヒット車が並んでいる。2014年にフランスのヨンヌで行われたクラシックカーのイベントで撮影された一枚。一番手前がディアーヌ、その後に2CVが2台続き、さらにH型が並んでいる。H型にはスナックフリットと書いてあり、キッチンカーのようだ。H型の後はプジョーのD4バン。H型と同時期のプジョーの商用バンである。シトロエンではないのが御愛嬌だが、H型と比べたかったのだろう。
François GOGLINS, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】

新時代の商用車を目指したシトロエン。

H型の開発は第二次大戦中から始まった。当時フランスはドイツに占領されており、新型の車の開発が禁じられていた。しかし、そんな中で全く新しい近代的な商用車の開発をシトロエンは秘密裏に進めたのである。

戦争が終わり、平和な時代がやってくると、フランス政府は自動車の生産に関して独自の計画を打ち出す。戦争の後遺症により自動車生産が進まない中で、国内各自動車メーカーに開発する自動車の種類を割り当てるという計画である。その計画では、小型商用車はプジョーとルノーに割り当てられることになっていた。

だが、シトロエンは、戦争中から進めていたこのH型の開発プロジェクトの放棄を拒否し、実際に製造し、販売する。それだけ自信を持っていたのだ。開発責任者によれば、H型は「あらゆるものを時代遅れにする可能性を秘めていた」からである。

シトロエンH型の広告
シトロエン H型の広告
H型の初期の広告である。床が低く、スライド式のドアであることが強調されている。しかも、時速80㌔で高速走行が可能。それまでの商用車にはない使いやすさや機能が売りであったことがわかる。
La Véhicule H (1947-48) by Andrew Bone (Weymouth), on Flickr

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商売用、仕事用の車として活用された。