家族でごあいさつ

昭和38年12 月 東京都大田区で撮影

昭和39年のお正月を祝う家族の写真です。
昭和39年といえば東京オリンピックの年。日本中が期待と興奮と突貫工事に満ちていた時です。この家族も、期待の年明けを迎えたのでしょうか。実はこの写真、前年の年末に撮られたもの。年賀状のために撮影された写真です。今では珍しくもない写真年賀状ですが、年賀状といえば筆書きがあたりまえの当時としてはまさに画期的で、父親の職場でもひとしきり話題となったようです。
でもこの写真、昭和30年代の住まいや暮らしの様子をよく捉えていて興味は尽きません。

写真から昭和を見つける

鏡台
鏡台という言葉さえも今は聞かないが、昔は嫁入り道具の一つとして鏡台は定番であり、女性が化粧をする時は鏡台の前に座ってというのが一般的だった。現代ではサニタリールームのドレッサー(洗面化粧台)でということになるのだろうが、手洗い場所で化粧をするという習慣は当時まだ無かった。
写真の鏡台は3面鏡で、小型のイスの付いたタイプである。

ふすま
山水画のような絵や、日本的な紋様が描いてある部屋の仕切り。押し入れの扉にも同じ模様を張って、部屋の統一感をとる。
手軽で張り替えもやさしいインテリアであったが、障子と同様、子供に破られるという難点もあった。

人形
昭和30年代の家庭を象徴するような人形である。どこの家でも茶だんすの上や本棚、応接のサイドボードなどに1体は飾ってあり、モダンな気分を演出していた。
当時の庶民の多くは和様住宅に住んでいたが、洋風の、いわゆるモダンリビングにあこがれていた。そんな気持ちがこの人形に集約されているのではないだろうか。

テレビ
14型か16型であろう。メーカーは不明であるが、受像機に4本の足が付いた当時のテレビの一般的な形で、もちろん白黒。チャンネルはボタンではなく、ダイヤルをまわす形式である。
この写真にあるように、視聴しないときは上から幕をかぶせるようになっていた。夕食時、みんなが集まると、おごそかに幕があがりスイッチが入るのである。この年のオリンピックではカラー放送が話題となり、この後一気に家庭のテレビのカラー化が進行する。

着物
お正月の歌の中に、「お正月にはべべはいて(着物を着て)」というフレーズがある、お正月はいい着物を着せてもらえるのが子供たち、特に女の子の楽しみでもあった。家族のみんながきれいな着物を着て祝うというのが、正しいお正月の祝い方でもあった。
しかし、この写真が撮影された当時はもはやお正月だから着物という習慣を喜ぶような子供たちはいなかった。子供たちが一番楽しみにしていたのは、やはりおとしだまであった。
この家族がみんなで着物を着ているのは、年賀状用の演出である。

あいさつ
現代では、多くの家庭で家族写真を使った年賀状を出しているが、たいていは旅行で撮ったスナップや子供の写真などを用いているようだ。
しかし、この写真の家族はみんなであいさつをしている。しかも、女の子や男の子の手に注目してほしい。新しい年は、畳に手をついたあいさつがふさわしいという父親の意思を見ることができる。親しい仲であっても、親戚であっても、まず畳に手をついてお辞儀をするという習慣は、廃れてからもう久しい。

たたみ
たたみの敷いてある部屋で、灯りは電球というのが、昭和30年代の典型的な家庭の景色である。少しお金持ちの家は、たたみの上にカーペットを敷いて応接セットを置き、ステレオを置いていた。