お風呂場で

昭和37年頃 神奈川県横浜市で撮影

お風呂といえば銭湯へと言うのが庶民の生活でしたが、高度経済成長が始まった頃から住宅内に風呂を持ついわゆる内風呂の家が増えてきました。もちろん現在のようなユニットバスではありません。木製の風呂桶に水を溜め、下の焚き口で薪を炊いてお湯にしていました。その薪がガスになり、やがては木製の風呂桶もタイル張りに変わっていったのが昭和30年代。家庭の浴室の過渡期でもありました。

写真から昭和を見つける

坊っちゃん刈り
前髪を一直線に切りそろえてた坊っちゃん刈りである。当時の子供は皆このヘアスタイルだった。湯船に入っている子供も坊っちゃん刈りである。

煙突
焚き口で燃やした薪の煙を排出するための煙突である。この煙突の真下が焚き口になっており、そこで薪を燃やした。最初は薪を使っていたが、都市ガスやプロパンガスが普及するとガスバーナを使うようになった。

水道の蛇口
ここから水を出して下の風呂桶に溜める。浴室を掃除するときにはここにホースを付けた。お湯の出る蛇口やシャワー等はまだない。

風呂場の壁
コンクリートの打ちっぱなしで、コテで仕上げてある。タイルなどは貼っていない。浴室は明るく、爽やかなイメージでといった意識はまだなかった。浴室という言葉も一般的ではなく、もっぱらお風呂場と言っていた。

鉄砲風呂
木製の風呂桶に焚き口と煙突の付いた当時の家庭用風呂のスタンダード。都会では多くがこのタイプで、農村では五右衛門風呂が普通だった。
鉄砲風呂は、煙突の下にある窯の中で火を焚き、湯船の水を沸かすようになっている。湯船全体に高さがあり、肩まで浸かることができた。

雑巾
この下には上り湯が入っており、蓋が付いている。蓋の把手が熱いため、雑巾を被せて掴むようにしているようだ。

お風呂用スリッパ
スノコが濡れているため、掃除の時などにはお風呂用のスリッパを使う。この子供は服を着て風呂場に入っているため、お風呂用スリッパを履いている。

スノコ
暗いため写真には写っていないが、浴室の下側には木製のスノコが敷いてあった。