EMWとはどんなメーカー?
EMWとはEisenacher Motorenwerk(アイゼナハ自動車工場)の略で、東ドイツの都市アイゼナハの自動車メーカーで、国営企業であった。創業は1952年である。EMWとしての創業はそうなのだが、アイゼナハ自動車工場ではもっと前から自動車を作っていた。第二次世界大戦でドイツが敗れるまでは、BMWの工場だったのである。
しかもこの工場、歴史を調べるとまだ遡ることができる。最初は1896年のアイゼナハ車両製作所であるからなんと19世紀だ。その頃から自動車を作っていた由緒ある工場なのである。そして工場がBMWの傘下となったのが1928年である。ゆえにEMWとなる前の24年間はBMWの工場であり、BMW車を作っていたのだ。

アイゼナハ自動車工場が1898年に作った車、ヴァルトブルク。フランスの自動車メーカーであるドコーヴィルのライセンス生産品であった。なお、ヴァルトブルクというブランド名は戦後に復活する。
【Softeis, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】

1920年代に撮影したと思われる写真。建物の中央にDIXIという文字が見えるが、これは工場が生産していた自動車のブランド名である。BMWが1928年に買収し作った最初の車はDIXIであった。
【Dk0704, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons】
24年間と書いたが、その間には第二次大戦がある。大戦中は、アイゼナハ自動車工場も他のメーカー同様普通の乗用車の製造をしてはいなかった。そして大戦が終わった1945年、アイゼナハの町を含むドイツのテューリンゲン州はソ連の占領下となる。
戦後すぐにBMW車の製造を再開した。
ソ連の占領下になったということは、アイゼナハ工場はソ連に接収されるということを意味していた。しかし1945年には、戦争から帰ってきた元従業員たちにより、早くも車の製造が始まったようである。その時製造した車はBMW車であった。BMWの工場であったので当然である。
接収された工場は普通解体され、工場設備や製品の部材、材料などがソ連に運ばれるということになる。それを避けるため、アイゼナハ工場は、製造した車をソ連の高官に贈り、自動車工場としてアイゼナハでこのまま製造を行うほうがメリットが大きいことを訴えるのである。
こうした努力によって工場は解体を免れる。そして、ソ連が保有したままアイゼナハで製造を続けられるようになるのである。工場ではその後、ソ連向けのBMW車やオートバイを製造していた。
BMWの本社は、ミュンヘンにあった。第二次世界大戦後、ミュンヘンはアメリカが占領統治しており、1945年から1951年までは自動車の生産が禁止されていた。でも、その時期にソ連統治下のアイゼナハではBMW車が製造されていたのである。

アイゼナハ工場の門から出てくるBMW321。撮影されたのは1948年の12月だ。この時期アイゼナハ工場では戦前のBMW車を製造し、出荷していたのである。なお、このBMW321は、1950年までこの工場で作られていた。
【Bundesarchiv, Bild 183-19000-3223 / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 DE, via Wikimedia Commons】
BMWの本社側からすれば、アイゼナハでソ連が勝手にBMW車を作っていると言いたかっただろうが、やはり敗戦国の企業である。そうは主張できなかった。そしてご存知のように、ドイツはこの後東と西に分割され、東西両陣営対立の最前線となってしまうのである。
