東ドイツで良質な車を。
EMW340は、1955年まで生産されるが、メーカーのEMWは、1953年にAWEと名前を替え、BMW車ではなく、独自の乗用車の生産を行うようになる。中でも有名なのはヴァルトブルクという車で、共産圏の車としては洗練されたスタイルを持っていた。
これも、アイゼナハ工場が、長年BMW車の製造を行ってきたメーカーだからこそと言えるのではないだろうか。戦争や政治体制により紆余曲折はあったとしても、長年良質な車を生み出してきたメーカーの血というものは、やはり受け継がれるものなのだ。
また、戦争が無かったら普通のBMW車として売れていただろうEMW340が、戦後の共産圏の国の名車となったのも、何か不思議な因縁を感じるのである。
EMW340動画
340の改良型である340−2が登場する動画。1950年代のニュースか広告映画だろうと思われる。撮影場所は東ドイツのポッダム。街や農村の道を走るEMW340の様子が紹介される。それにしても、当時の運転は結構荒っぽい。
340の改良型である340−2が登場する動画。1950年代のニュースか広告映画だろうと思われる。撮影場所は東ドイツのポッダム。街や農村の道を走るEMW340の様子が紹介される。それにしても、当時の運転は結構荒っぽい。
