蒸気自動車がトップでゴールはしたが・・・。
これには、主催者も驚いたのではないだろうか。しかし、ド・ディオン・ブートン トラクターは失格となる。なぜか。それはドライバーの他に火夫がいたからである。火夫とはボイラーマン、つまり蒸気機関のボイラーを調整する人のことである。日本の蒸気機関車で言うならばカマタキである。
ボイラーマンが一緒に乗っているのが、なぜいけないのだろうか。このレースは、もともと理想的な車を選ぶレースとして企画されたものだった。ゆえにボイラーマンのような補助乗員が必要な車は「運転しやすい車」とは言えないと判断されたようである。
そんなわけで失格となったのだが、1位でゴールしたという事実はしっかり記録されている。やはり、自動車としての性能が確かであることは間違いないと認められたのだ。

パリ・ルーアンレースで活躍したド・ディオン・ブートン
最初にルーアンにゴールしたド・ディオン・ブートン トラクターの写真である。馬車を牽引するこのスタイルでレースに参加したのだろうか。いずれにしても参加した車の中でトップで走ってきたのはこのトラクターだった。運転するのは、ジュール・アルベール・ド・ディオン。ド・ディオン・ブートンの創業者の一人である。
【La Vie au grand air, Public domain, via Wikimedia Commons】
最初にルーアンにゴールしたド・ディオン・ブートン トラクターの写真である。馬車を牽引するこのスタイルでレースに参加したのだろうか。いずれにしても参加した車の中でトップで走ってきたのはこのトラクターだった。運転するのは、ジュール・アルベール・ド・ディオン。ド・ディオン・ブートンの創業者の一人である。
【La Vie au grand air, Public domain, via Wikimedia Commons】
時代の流れには逆らえなかった。
いくら蒸気トラクターの性能が優れていたとしても、時代の流れは蒸気ではなく、やはりガソリンであった。しかもこの当時、蒸気自動車に関しては公道を走る際にさまざまな規制が設けられていた。
それが足かせにもなり、蒸気自動車の製造はこの後、徐々に下火になってゆく。蒸気自動車で成功したメーカーのド・ディオン・ブートンも、20世紀を迎えてからはガソリン自動車の製造、販売を積極的に進めることになるのである。
まさに、ド・ディオン・ブートン トラクターのパリ・ルーアン間レースの勝利は、蒸気自動車が最後に咲かせた花だったと言えるだろう。
ド・ディオン・ブートン蒸気自動車の紹介動画
1884年製のド・ディオン・ブートン蒸気自動車が走る様子を見ることができる。薪に火をつけて石炭を焚べ、お湯を沸かして走る。走る音はやはり蒸気機関である。かなりスピードが出せるのがわかるが、当時としては結構実用的な乗り物だったのだろう。
1884年製のド・ディオン・ブートン蒸気自動車が走る様子を見ることができる。薪に火をつけて石炭を焚べ、お湯を沸かして走る。走る音はやはり蒸気機関である。かなりスピードが出せるのがわかるが、当時としては結構実用的な乗り物だったのだろう。
