キャブオーバー バス

バス王国だった群馬の「群馬バス」。

ここで取り上げているキャブオーバー バスには、中央の黒い帯に「群馬バス」と書かれている。このバスは昭和30年代の群馬バスである。群馬バスは、高崎や前橋を中心に群馬県内の路線バスを運行する会社だ。

群馬県は今でこそ自動車の所有割合が全国でも屈指の県であるが、本格的なモータリゼーションが到来する前の昭和30年代はバス路線が多く運行されていた。

下の写真の群馬バスは、黄色と白のツートンカラーに黒い帯の入ったスマートなカラーリングが印象的だ。バスの行先表示には「懸庁行」とある。これは、国鉄両毛線前橋駅から群馬県庁まで運行されていた路線バスである。

懸庁行群馬バスの写真
懸庁行の群馬バス
黄色と白のツートンで、中央に黒い帯の入ったカラーリングがひときわ目立つ。行先表示の「懸庁行」がなんとも昭和30年代を感じさせる。なお、現在の群馬バスはもうこのカラーを採用していない。
高崎駅前のバスの写真
高崎駅前のキャブオーバーバス
こちらは、昭和30年(1955年)ごろの高崎駅前を撮影した写真。右手前にキャブオーバーバスが写っている。白黒写真だが色の塗り分けから群馬バスであることがわかる。行先表示は不明。
躍進群馬信交会, Public domain, via Wikimedia Commons】

群馬県庁の周りには市庁舎もあり、学校や病院もある。県庁や市庁舎に通う職員をはじめ、学生、通院する人などがこの「懸庁行」を利用していたはずだ。そんな乗客の多い路線であるため定員の多いキャブオーバーバスが運行されていたのである。

きっと朝夕のラッシュ時には、このキャブオーバーバスにぎっしりと人が詰め込まれ、「発車オーライ」の掛け声とともに前橋駅前を出発。群馬県庁に向かう県道をゆっくりと走っていたことだろう。

この黄色と白のツートンカラーバスが前橋の街の大通りをひっきりなしに走ってゆく姿を想像すると、懐かしい昭和の色と音がよみがえってくる。

キャブオーバーバスの車内動画
走る車内の様子が捉えられている動画である。運転席の左隣にはエンジンの入ったカバーが見える。乗務員と乗客の距離が意外と近く、和気あいあいなムードである。昭和30年代のバスは、みんなこんな感じだったのだろう。
この動画は、1912年に宮城県栗原市で開かれた「みんなでしあわせになるまつり2012」で撮影されたもの。
前橋駅前バスターミナルの様子がわかる映画
昭和34年(1959年)に制作された前橋市の16ミリ映画「私たちの街前橋」である。この中に前橋駅前バスターミナルが登場するシーンがある。スキーヤーたちが赤城山でスキーを楽しむために前橋駅からバスに乗るというシーンである。
ターミナルにはたくさんのバスが停まっているが、多くが東武バスのようだ。でも、黄色の群馬バスのボンネットバスが1台走ってゆく様子も写っている。