名作『たけくらべ』、『にごりえ』を発表。

樋口一葉 二十三歳

樋口一葉、本名を夏という。

夏の朱塗りの文机の上には、瑠璃色の一輪差しが置いてあった。派手ではないが気高く気品に満ちた瑠璃色。彼女の最も愛した色である。そして、その色の持つ雰囲気こそ夏自身であった。

一家の生計を立てるために夏は、文筆活動に勤しんだ。彼女の作品は、彼女の貧窮の生活とはうらはらに、自由で気品に満ちており、その感性は研ぎすまされたものがあった。

明治二十八年(1895年)夏が二十三歳の時、『たけくらべ』を、続いて『にごりえ』を発表する。夏の作品に出てくる女主人公たちは、いずれも実らぬ恋に思い悩んでいた。

「わたしは、本当の恋をしたことがないから、こんな恋が書けるのかもしれません」
と、彼女は言いたかったのだろうか。夏の作品は、恋に生きることの出来なかった彼女のやり場のない感情であったのかもしれない。

この二つの作品は、幸田露伴や森鴎外の絶賛を浴び、その名は不動のものとなる。

樋口一葉(1872~1896)
十五歳で萩の舎へ入門するが、翌年兄の病死、父の急死にあい、一家を支えることを強いられる。貧窮の中で、文学史上に残る名作を次々に執筆する。