禅画の傑作を完成させる。

雪舟 七十六歳

「わしの生きてきた時を、画に残したい。新しき世を生みださんとするこの時代を」

雪舟は、時代の息吹を常に身に感じて止まなかった画家であった。戦国の動乱が、彼の心に少なからずも影響を与えていたのだ。雪舟が四十七歳の時、応仁の乱が起こり、世の中はその時から、群雄割拠の時代を迎えていた。

雪舟は既に『山水長巻』という風景画の傑作をものにしていたが、それだけでは、この心を満足させることはできなかった。そして、自然を描きつくした末に来るもの、それは人間であった。

「人だ、人だ。我が心を人に託すのだ」
明応五年(1496年)雪舟は、禅画『慧可断臂図(えかだんぴのず)』を描き上げる。

それは、達磨とその教えを受けようとする僧慧可の出会いを描いた画である。このモチーフは、多くの画家たちに描かれてきたが、雪舟の画はそれらのものとは一線を画している。単純化した背景と肉太の墨線で描かれた登場人物により、彼は心の中にある激しさ、厳しさを表現したのだ。

時に、雪舟七十六歳。禅画の傑作を描く。

雪舟(1420~1506)
備中国に生まれる。相国寺の周文から画を学ぶ。明国に渡り、画を学び帰国。山水画を中心とする水墨画を完成させ、さまざまな作品を残す。