『子等を思ふ歌』、成る。

山上憶良 六十九歳

『瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲(しの)はゆ 何処(いづく)より 来たりしものそ 眼交(まなかい)に もとな懸りて 安眠(やすい)し寝(な)さぬ』

有名な、万葉歌人山上憶良の『子等を思ふ歌』である。憶良は、六十九歳の時この歌を詠んだと言う。

他の万葉歌人の中には、このような親子の『愛』を歌った者はいない。柿本人麻呂も大伴家持も、親子の愛情の歌などは決して詠んではいない。相聞歌の中で歌われるような男女の愛を通りこした、肉親の愛は、この憶良だけが歌っているのである。

「子供も愛するとはたいへんな重荷じゃ。世の中はつらいことばかりだからいっそのこと死んでしまいたいと思うことがあるが、子供を捨てて死ぬわけにもゆかぬし・・・」
憶良は、こんな意味の歌も詠んでいる。

いつの時代にも変わらない、親の子を思う気持ちを素直に歌にした憶良、子供を膝に抱いて晩酌をしている・・・そんな姿を髣髴とさせる万葉歌人である。

『銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに 勝れる宝子に及(し)かめやも』

山上憶良(660~733)
百済からの渡来人憶仁の子と言われる。飛鳥~奈良期の代表的万葉歌人。多くの歌が『万葉集』に収録されている。