『好色一代男』、大人気。

井原西鶴 四十歳

時は元禄、所は難波。町人たちが、商いという海の中をいきいきと泳ぎはじめた頃。西鶴は、鋭い目でその人間模様を観察していた。

西鶴は、もともと俳諧で身を立てようとした男であった。しかし、俳諧の道を究めれば究めるほど、人の生き様や浮世の面白さに引かれるのであった。当然、俳風にもそれが現れる。

師匠である西山宗因は、そんな西鶴を、快くは思っていなかった。しかし、
「こんなおもろい浮世は、俳諧ではとてもとても・・・。いっそのこと物語にしたらどうやろ」
そう、考えていた西鶴であった。

そして、師匠が七十八歳の高齢で没すると、西鶴のこの構想は一気に現実のものとなる。『好色一代男』の完成である。

当時の世の中は、将軍綱吉の頃、儒教倫理を人々に押しつけた時代であった。そんな中で、主人公世之助が愛欲に奔放に生きる姿は、多くの町人たちから喝采を得た。たちまちベストセラーとなり、西鶴の名は不動のものとなる。

『好色一代男』・・・実に、西鶴四十歳の時の処女作である。

井原西鶴(1642~1693)
大坂で生まれる。貞門流の俳諧を学び、俳諧点者となる。談林俳諧の代表的作家として名声を博す。後に浮世草子の著述に専念し、数々の名作を生む。