十返舎一九 三十七歳
「膝栗毛ねえ、売れるかねー。江戸から旅に出ちまう話じゃねえ」
「いや、受けますよこれは。それに、挿絵はわたしが描くんだから安あがりで・・・」
一九は、今、自分の新作『東海道中膝栗毛』を版元に売り込んでいた。江戸で戯作者として仕事をはじめてから、もうすでに八年。しかし、相変わらずうだつの上がらなかった一九は、この『膝栗毛』に全てを賭けていたのだ。
しかし、その『膝栗毛』、出版されるやいなや当たりに当たったのである。
「先生、『膝栗毛』、あれはよかったね。続きをお願いしますよ」売れるとなれば版元も態度はガラリと変わる。
一九は続けて東海道から山陽道、木曽街道と『膝栗毛』を書きまくる。この後、実に二十一年をかけて弥次、喜多は日本を巡るのである。
この一大ベストセラー『東海道中膝栗毛』が初めて世に出たのは、一九が三十七歳の時であった。
十返舎一九(1765~1831)
駿河国府中生まれ。江戸で武家に仕えるが、その後義太夫作者となる。江戸に帰り、黄表紙、洒落本を書く。『東海道中膝栗毛』で人気を博す。