ひよどり越の逆落とし。

源義経 二十五歳

平家の赤い旗は、はるか下方あった。ここは、一の谷のからめ手にあたるひよどり越。

『一の谷は、口狭く、奥広し。南は海、北は山岸高くして屏風を立てたるがごとし』
平家物語の一節である。義経は、いまこの屏風のような絶壁を駆け降りようとしていた。

だが、多くの者は、絶壁の高さを見て恐れをなしていた。
「ここを降りるとは命を捨てるようなもの。無謀にござります。」

その時である、義経の軍勢に驚いたのであろうか、3頭の鹿がこの絶壁を駆け降りていった。

「者ども見よ!鹿に降りられて、馬に降りられないことがあろうか。我に続け!」
義経、こう叫ぶやいなや、先頭をきって馬を駆け、絶壁を降りて行く。

一の谷の入り口を守っていた平家も、これには驚愕した。後の絶壁から源氏の軍が降りてくるとは、考えもしていなかったのである。あわてた平家軍は、戦意も失せ、そのまま海へと逃げていった。

当時の常識を破る奇襲に成功した源九郎義経、この時二十五歳であった。

源義経(1159~1189)
源義朝の九男。平氏追討を命じられて、一の谷、壇の浦等で功をなす。後、兄頼朝の怒りをかって、奥州へ。平泉の藤原氏を頼る。