ルノー NN

ルノーNN
ルノー NN 1927年

人々に愛された、ルノーの大衆車。

オープンタイプのクラシックカー、フランスの自動車会社ルノーのタイプNNである。1924年にコンパクトなファミリーカーとして登場した。いわゆる当時の大衆車である。上の車は、1927年製のトーピードタイプだ。

トーピードとは、屋根は幌で、幌を畳めば、ボンネットの上のラインがそのまま車のボディラインに続く、直線的でスマートなスタイルのことである。20世紀初めのこうしたオープンスタイルの車は当時のスタンダードでもあり、1930年代の中頃まで各自動車メーカーで製造されていた。

ラジエターグリルの無いフロント。

さて、このルノー NNにはフロント部分に大きな特徴がある。普通、車の前にはラジエターグリルが付いているものだが、それが無いのだ。ゆえにフロントは流線型のノーズで、中央にルノーのエンブレムが鎮座するという、とてもシンプルなデザインになっている。

ルノーNNの正面・側面・背面
ルノー NNのスタイル
屋根は幌で、ボンネットの上のラインがそのままボディの上部つまりドアの上のラインに続いている。トーピードスタイルである。しかも、フロントは流線型のノーズでラジエターグリルは無い。トーピードには“魚雷”という意味があるが、横から見ると車体の形はまさに魚雷型である。

ラジエターは、ガソリンエンジンを冷やすための必須の機構だ。普通はエンジンの前にラジエターが置かれ、車の最前部に付けられたラジエターグリルによって効率的にエンジンを冷やす仕組みになっている。

ルノーNNにも、もちろんラジエターは付いているが、この車のラジエターは、エンジンの前ではなく後ろにある。そしてラジエターグリルではなく、ボンネットの側面に冷却用のフィンを付けエンジンを冷やしているのである。全体的なデザインと相まって魚のエラのようにも見えるこの機構もルノー NNの大きな個性であった。

エンジンのアップ
ルノー NNのエンジン
1926年製のNNのボンネットを開けたところである。951CCの小さなエンジンを見ることができる。エンジンの前にラジエターは無く、後ろにある。
Andy Dingley, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】
ルノーNNの実車の写真
ルノー NNセダン
2006年にベルギーで開催されたモーターショーに登場した1926年製NNの4ドアセダン。滑らかなカーブを持つフロントノーズが美しい。側面には魚のエラのような冷却用フィンが付いている。
Walter Vermeir –Walter, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】

普通の車とは違う?ルノーNN。

自動車が生まれたのは19世紀の末であるが、1900年代の初めには現代の自動車のものと基本的に変わらないラジエターの機構が完成し、車のフロントに大きなラジエターグリルが付くようになった。エンジンを冷やすための効率的で経済的なやり方は、ルノーNNが生まれた1920年代にはすでに確立していたと言えるだろう。

多くの車で普通に採用されていたラジエター方式をなぜルノーは採用しなかったのか。大衆車であるからには、よく使われている機構を使って経費を抑えて作った方が良いのだが・・・。やはりそこにはルノーならではのこだわりがあるのである。

そのこだわりとは何か。それを考慮する前にフランスの自動車メーカールノーの歴史について簡単に触れておきたい。

創業者の、エンジニアとしてのこだわりが。

ルノーは、エンジニアであったルイ・ルノーとその兄弟によって1899年に設立された自動車メーカーである。ルノーは、まず最初に、ヴォワチュレットという小型自動車をヒットさせる。やがて、車の大量生産を始め、1904年にはフランス国内に販売店網を整備。イギリスやアメリカなどへの輸出を開始し、1908年には早くもフランス国内最大の自動車メーカーとなる。創業して10年も経たないうちに一気に大メーカーへと成長するのである

ルイ・ルノー肖像写真
ルイ・ルノー
1924年の写真。この頃は従業員2万人を抱えるルノーの代表であり、自動車だけでなくさまざまな事業にも手を広げていた。
Très Sport, Public domain, via Wikimedia Commons】
古いルノーのポスター
ルノーのポスター
1920年代のポスターである。トーピードスタイルのルノー車がスピードを上げて走る姿が描かれている。部屋のインテリアに使いたくなるような絵でもある。
The Museum of Eastern Bohemia in Hradec Králové, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons】

こうした成長を支えたのは、創業者ルイ・ルノーのエンジニアとしての才能や技術力であった。車の前に乗せたエンジンの回転を後輪に伝える機構、つまり現在のフロントエンジン・リアドライブ方式の原型を作ったのはルイ・ルノーであり、ドラムブレーキやショックアブソーバー、ターボチャージャーなど現代の車に普通に採用されている数多くの機構も開発している。

こうしたエンジニア上がりのルイ・ルノーは、エンジンの冷却方式として当時一般的に使われていたラジエター方式に疑問を抱いていた。ラジエターは、ルノーが採用していた方式、エンジンの後ろに付けるという方式の方が、シンプルで故障が少ないと自信を持っていたのである。実際には客室内に熱がこもったり、冷却水を頻繁に追加しなければならないなど、デメリットもあったのだが・・・。

こうした理由で、ルノーNNは、フロント部分が当時の車の中ではとても個性的なデザインとなったのである。この車は、1924年に登場し、NN1、NN2とマイナーチェンジを行うが、生産が終了する1930年まで車のデザインは基本的に変わらなかった。

フロントで、ルノー車の個性を強調。

ラジエターの機構に関する技術的こだわりから、ルノーNNはこんな個性的デザインで製造され続けたのであるが、ルノーとしては、フロントに大きなラジエターグリルが付く車は美しくないという思いもあったのではないだろうか。

この車の生まれた1920年代中盤は、大恐慌前の好景気の時代。庶民の間には大量生産、大量消費の生活様式が定着しはじめた時代でもある。当時、ルノーに競合する国内外のメーカーからは庶民向けの自動車が多く出されていた。

車が並ぶパリの写真
1924年のパリ
ルノーNNが生まれた1924年に、パリの街角で撮られたスナップである。通行料を徴収しているのだろうか、自動車の列ができている。大恐慌前のこの頃、パリはすでに自動車社会であった。
Agence de presse Meurisse, Public domain, via Wikimedia Commons】

実際に当時のフランスの新興メーカーであったシトロエンからは5CVという車が登場し、大ヒットしていた。ルノーとしては、これに対抗しなければならなかった。自分たちだけにしかできない車、それもルノーらしい個性ある車を作って売らなければという思いがあったのだ。

そこで、フロントデザインに強い個性のあるルノーNNの登場、というわけである。ラジエターの形式は多少古いかもしれないが、こちらの方が車としては美しいぞというわけである。

ユーザーに長〜く愛されたルノーNN。

ルノーNNは、結局15万台ほど販売されたようだ。当時の車としては結構ヒットしたのではないだろうか。車を使う側であるユーザーから見ると、NNは、基本的に故障が少なく、メンテナンスがしやすく、経済的な車であった。大衆車としては十分だったのである。しかも、他の車には見られないフロントデザインが、なんとも魅力的に見えたのかもしれない。

NNの生産は1930年に終了するが、1950年代前半まで中古市場でこの車をよく見かけたそうである。20年以上前の中古車であっても購入したいという人がいたのである。それほど人気があったのだ。丈夫だったということもあろうが、このデザインが大好きという人もきっと多かったのだろう。

自動車に関して言うと、最新で、最もよいものをというファンだけでなく、古くても、多少不便でもこの形がいいんだ、というファンがいるということなのである。

ルノー NN紹介動画
2022年に開催されたクラシックカーイベントで撮影された動画である。美しくレストアされたトーピードスタイルのルノーNNを見ることができる。

このように人々に愛される車と言えば、戦後になるとたくさん登場する。フォルクスワーゲンのビートルやイギリスのミニがそうだし、シトロエンの2CVもそうだ。そして、そんな人気車は、たいてい個性的なデザインを持ち、それが車のアイデンティティになってもいる。

ルノーNNは、そんな愛された大衆車のハシリとも言えるのではないだろうか。

ルノーNN走行動画
1925年製のNNの走る姿を捉えた動画。登場するオーナーは、かなり年季の入ったNNのエンジンをかけ、乗り込み、畑の中の道を運転する。100年前の車だがまだまだ現役なのである。