スタイルは古いが、新しい。
スウェーデンの自動車メーカーであるボルボが1958年から1965年まで製造、販売していた車である。ボンネットとフェンダーが区分され、屋根から後部まで流れるラインがスマートな流線型。カッコはいいが、この形は1940年代に流行した車のスタイルであり、50年代後半から60年代にかけて販売されていたにしては時代遅れであった。
PV444の後継であったPV544。
ボルボは、1956年にアマゾンとも呼ばれるP120シリーズを出している。アマゾンはボンネットとフェンダーが一体になったいわゆるポンツーン型であり、より現代的なスタイルでもあった。ではなぜボルボは、アマゾンのあとに時代遅れのスタイルの車を出したのだろうか。
PV544は、1947年から製造販売されたPV444の後継として作られた車である。このPV444が人気車であり、その改良型でもあったのだ。PV444は、1947年に登場した車であるから、スタイルは当時流行の流線型で、PV544はそれをそのまま引き継いでいるのである。
ボルボはじめての量産型小型車PV444。
人気のPV444とはどんな車だったのだろうか。ボルボは1926年に誕生したメーカーだが、PV444は、第二次世界大戦後最初に出した車であり、ボルボとしてはじめての本格的な量産型小型車でもあった。
スウェーデンは第二次大戦中は中立を守ったため、戦争の被害を受けることは少なかったが、戦後の不況の波を免れることはできなかった。そこでボルボは、より販売しやすい小型車を投入することとなる。それがPV444であった。
PV444は戦時中から開発をはじめ、戦争が完全に集結する前の1945年2月に発表されるという異例のデビューでもあった。
ボディとフレームを一体成型するモノコック構造で、軽く強い車体を実現。その車体に1400cc40馬力のエンジンを積んだ。それによって小型車ながらも優れた走りを見せたのである。ボルボの目論見通りこのPV444はヒットすることとなる。
PV544とは、どんな車。
さて1958年、このPV444の後継車としてPV544が登場することになる。すでにアマゾンを出していたボルボは、この車を高級イメージのあるアマゾンに対し、より求めやすい車と設定して販売を続けることになる。格好は少し古臭いが廉価版なのだからいいだろうというところである。
しかし、見た目はあまりPV444と変わらないが、PV544には改良が多く加えられていた。まず、フロントウィンドウが大きな1枚ガラスとなったこと。さらにリアウィンドウも広げられた。これにより、より広い視界を得ることができるようになった。
時代の先を行く安全装備搭載車だった。
PV544にはいくつかの安全装備も搭載されていた。まず、他のボルボ車と同様ではあるが、3点式シートベルトが標準装備となる。現在では当たり前の装備だが、3点式を一般向けの乗用車に付けたのは、この頃のボルボが最初である。
さらに、ダッシュボードには柔らかな素材を貼って、万が一の場合の衝撃に備えるという工夫も行っていた。またそれ以前に、車体が衝突時の衝撃を吸収するモノコック構造であるという点でも、PV544は安全性に優れていた。
当時の自動車業界では、安全性についてはまだ現在のような考慮がされていなかったが、ボルボの経営理念は創業当初から「安全」であり、いち早くこうした車づくりを行っていた。
しかも、ボルボは3点式シートベルトの特許を無償で公開している。さすがに福祉国家で名高いスウェーデンの自動車メーカーである。ヒト優先、安全優先という考え方が徹底していたのである。
ラリーで、奇跡の走り。
この車の頑丈さ、走行性能は各地で開催されるラリーでも実証された。このページの最初に掲げた写真のPV544も1965年のモンテカルロラリーに参加した車である。モンテカルロラリーは公道を走る競技だがコースには雪の山岳地帯も含まれており、アイスバーンの道を走り抜けるといった過酷なレースであるが、この時は33位で完走している。
そして、同じ1965年のサファリラリーでは、PV544は、奇跡のような優勝を果たすのである。
サファリラリーは東アフリカで行われるラリーだ。砂埃が舞い上がるダートを疾走し、雨が降ればひどいぬかるみで車は動かなくなる。世界一過酷なラリーとも言われている。その中で、地元のドライバージョギンダ・シンが運転するPV544が優勝する。
モンテカルロでは33位だったのだが、サファリラリーでは堂々1位である。しかも、その車は前年にボルボが参加し、大破したため地元に残していった車であった。その車を地元のドライバーが修理し整備して参加したのである。
誰も予想していなかった優勝であった。確かにドライバーが地元の道の状況をよく理解していた人間であったという点が大きな勝因ではあろう。しかしそれ以前に、PV544が頑丈であり、操作性にもすぐれた車であったという点を忘れてはならない。
サファリラリーとはまさしく何が起こるかわからないレースである。新しい車やスポーツカーが参戦する中で一昔前のスタイルをしたPV544が参加。しかも一度壊れた車を復活させての参戦である。
古臭くても、多少壊れていたとしても走る車は走る。ラリーの面白さを教えてくれたという点でもこのPV544は特筆すべき車なのである。