幻の黄金郷は、ここにある。
キャデラック。それは高級車の代名詞でもある。王侯貴族や政府高官の専用車として使用され、世界の富豪たちにも愛用されてきた。性能うんぬんではなく、キャデラックであること自体がキャデラックを持つことの価値でもある、そんな車である。
そのキャデラック車の中でもひときわ豪華絢爛であるのが、1953年登場のキャデラック エルドラドだ。とにかく大きい。長さも幅も日本の小型トラックより一回り大きく、その大きさで2ドアのコンバーチブルつまりオープンカーなのがまたすごい。
フロントまわりのデザインの、これでもかというばかりの派手さも目を引く。さらにバックスタイルは、50年代アメリカ車お約束のテールフィンである。
しかも名前は、エルドラド。エルドラドと言えば南米の伝説に登場する黄金郷のことである。何と言うか成金趣味そのものであり、この車にこの名前かと、かえって清々しささえ感じられる。
GMの高級車ブランド、キャデラック。
さて、この車エルドラドを生み出したキャデラックであるが、どんなメーカーなのだろうか。キャデラックは、1899年に設立されたアメリカのメーカーだが、早くも1909年にはGM(ゼネラル・モーターズ)の傘下となり、それ以降GMの高級車ブランドとなった。つまり、キャデラックとはメーカー名というより、ブランド名なのである。
キャデラックが高級車として認知されてきたのは、やはりその品質の高さや先進技術を生かした車作りがあったからに他ならない。
世界で最初に実用的なセルモーターを搭載し、エンジンスタートをしやすくしたのはキャデラックであり、V8やV16などの高出力エンジンやパワステ、カーエアコンなどもいち早く採用してきた。やはりキャデラックは、誰もが納得するような優れた車であり高級車なのである。
エルドラドは、豊かな国アメリカの象徴だった。
そのキャデラックが、第二次世界大戦後のアメリカで、高級車の決定版とも言える車を世に出そうという意気込みで登場させたのが、キャデラック エルドラドである。
エルドラドが登場した1950年代初期は、戦後の混乱も収まってきていた時代である。しかも、アメリカは豊かな国であった。当時のヨーロッパ各国は、1945年まで続いた第二次世界大戦によって主要都市が戦火を受け、まだ復興途上にあった。また、日本を見れば、焼け野原の中からようやく立ち上がってきた頃でもある。
アメリカの町だけが、世界大戦の戦火をほとんど受けておらず、国民も豊かであった。この時代、一般の家庭にも最新の車や電化製品があるのはアメリカぐらいだったのである。
ゆえに高級車も大いに売れたに違いない。そんな時代にキャデラックは、豊かなアメリカを象徴するような車を出したかったのであろう。そこで黄金郷エルドラドの登場となったわけである。
豊満さと贅沢さがキーワード。
さて、エルドラドという車の特徴をもう少し詳しく見ていこう。まず目につくのは、フロントを飾るクロームメッキのバンパーだ。まさに絶頂期のキャデラックを象徴するようなバンパーでもある。砲弾のような2つの突起が特徴で、衝突時の車の保護に加え、車の速さをイメージさせる飾りとしての役割もあったようである。
この形式のバンパーは当時流行し、ダクマーバンパーとも呼ばれた。ダクマーとは1950年代に活躍した女優でありテレビタレントであったヴァージニア・ルース・エグナー通称ダクマーから来ている。彼女の豊満な胸のイメージなのである。現代であったら不適切なネーミングと言うことになるが、当時はこれがウケたのだ。何というか時代を感じさせる。
また、フロントウインドウは、側面にまで回り込む曲面ガラスを使ったラップアラウンドウインドウを採用している。これはパノラミックな視界を確保し、車のスピード感を表現するウインドウとして当時のアメリカ車では盛んに採用された形式である。
さらに、フロントガラスウォッシャー、パワーウィンドウ、自動選曲ラジオなど、快適なドライブのためのさまざまな機能も標準装備されていた。70年前の車だが現代の車のような至れり尽くせりの車だったのである。
ロングセラー高級車だったエルドラド。
こうした至れり尽くせりの高級車だったが、やはり値段が上がりすぎてしまったのだろう。発売翌年の1954年にはデザインを変更し、他のキャデラック車と共通の部材を使うことによって価格を下げた第2世代を発売する。
価格を下げたとは言っても、基本価格は現在のドル換算で65,000ドルであるから、日本円で1,000万円の高級車だ。しかし、販売台数はほぼ4倍となったそうである。当時のアメリカの人はやはりお金持ちなのである。
それ以降、キャデラック エルドラドはモデルチェンジを繰り返し、2002年発売の第12世代まで販売された。大きく、頑丈で、豪華絢爛のアメ車の伝統を21世紀まで伝えたのだ。
実際の南米のエルドラドは幻であった。だが、「幻の黄金郷はここにあり」と、キャデラックエルドラドは、アメリカの豊かさを象徴する高級車として人々を魅了し続けたのである。