戦後のスタートに苦戦したBMW。
ドイツは敗戦国であり、戦後すぐには自動車などの生産ができなかった。戦前からの自動車メーカーであるBMWが戦後の自動車生産を始めたのは1948年からで、1951年には大型乗用車の生産も再開した。
しかし、戦後数年の時代に大型の車など売れるはずもなく、1955年からはイタリアのイソ社が開発したマイクロカーをライセンス生産するようになる。BMWイセッタの製造、販売である。BMWイセッタは、車の前部がドアになるという2人乗りの車で、その手軽さ、値段の安さからヒットする。

BMWイセッタ
イタリアのイソ社からライセンスを得てBMWで生産したマイクロカー。
イタリアのイソ社からライセンスを得てBMWで生産したマイクロカー。

さらにBMWは、イセッタの全長を伸ばし4人乗りとしたBMW600という車も売り出す。しかし、大型の乗用車とマイクロカーというBMWの製品構成にはやはり限界があった。1959年の末には経営危機を迎えてしまうのである。
そこでBMWは、起死回生のモデル、大衆向けの小型車BMW700を登場させる。マイクロカーではなく、普通の小型車、自動車らしい自動車を発売するのである。BMW700は、697ccのエンジンをリアに搭載するRR車で、トレードマークであるキドニーグリルもない車であったが、人々に受け入れられた。
このBMW700により経営が支えられ、BMWはいよいよ戦後の本格的な乗用車、BMWならではの車の開発、製造ができるようになる。それが中型車のノイエクラッセである。「戦後のBMW、いよいよ始動!」ということになったのである。

BMW700
上はBMWミュージアムに展示されているBMW700である。後ろにエンジンがあるためキドニーグリルは無いが、ジョヴァンニ・ミケロッティデザインによる精悍なスタイリングが特徴である。
【Nathanael Burton, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons】
上はBMWミュージアムに展示されているBMW700である。後ろにエンジンがあるためキドニーグリルは無いが、ジョヴァンニ・ミケロッティデザインによる精悍なスタイリングが特徴である。
【Nathanael Burton, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons】
