ルノー12

現地生産を考えた車づくりは70年代から。

自動車の輸出を現地生産に切り替え、コストを抑えながら相手国の事情にあわせた大量生産・販売を行うという方法は、日本の自動車メーカーの得意技というかお家芸である。

その日本メーカーが盛んに現地生産を行うようになったのは1980年代に入ってからだ。ところが、フランスのルノーでは、1969年に登場したこのルノー12ですでに国外でのライセンス生産を考えた車づくりを行っていたのである。

フランスをはじめヨーロッパの国では、第二次大戦後も世界中に植民地があり、植民地向けの自動車の現地生産を行っていた。車を輸出する際に現地生産を考慮するというのは、そんな伝統から来ているのかもしれない。

ルノー12の宣伝フィルム
1969年の発売当初のものと思われる。車の各部を舐めるようにして撮影し、精悍なイメージを演出している。

また、車を世界各地で製造し売るということに関しては、アメリカの大手自動車メーカーGM(ゼネラル・モーターズ)が、1970年代初頭に提唱した「グローバルカー構想」に近いものがある。いわゆる世界戦略車である。

それは、同じ基本的なプラットフォームから各国にあった車を各国で製造するという戦略であり、当時、世界共通の基本構造を持つ車が各国で生まれている。こうした世界戦略車的な考え方をルノーがすでに持ち、いち早く実現させていたという点も特筆できるだろう。

ルノーにしてみれば、世界戦略といった大袈裟なものではなく、自社の車をいかにたくさん売るかということを考えていただけなのかもしれない。しかし、ユーザーニーズ云々より、どこででも作りやすいという点を優先させたルノーに拍手を送りたい。

GMの世界戦略車はあまり長続きはせず、いつのまにか消えてしまったが、ルノー12は2000年代まで、30年以上も作り続けられたのである。

ルノー12のの動画①
プロトタイプに始まって各年に発表されたモデルをカタログや広告などを使って紹介。現地のメーカーで製造された車も出てくる。そして、最後にはルノー12のミニカーまで登場する。このようにルノー12には熱烈なファンが存在する。
ルノー12の動画②
こちらは車の歴史を紹介するスペインの動画チャンネルのものである。この動画も歴史を詳しく紹介している。なお、登場する車はスペインの現地法人であるFASAルノーが製造したルノー12Sである。