職人の手作り、スカイラインスポーツ。
プリンス自動車工業は、最新のテクノロジーを取り入れた自慢の車スカイラインに、スポーツドライビングが楽しめるスペシャルなタイプを追加したかったのだろう。ゆえに、ボディデザインも、本場イタリアのカーデザイナージョバンニ・ミケロッティに依頼。ヘッドライトが斜めに付いた吊り目デザインの個性的なスタイルが生まれたのである。
しかもこのボディ、一台一台職人が手作りするという代物でもあった。ゆえに、ヘッドライトの斜めの角度も右と左では若干の誤差があるらしい。しかし、これもまた手作りならではの味になっている。
こんな調子であるから、この車、たいへんな値段となってしまった。クーペとコンバーチブルの2種類が作られたが、当時の価格はクーペが185万円、コンバーチブルが195万円だったそうである。ちなみに昭和40年(1965年)の日本のサラリーマンの平均年収は44万7千円である。年収の4〜5倍の値段がしたわけである。
スカイライン スポーツのカタログ
発売当時のカタログを撮影した動画である。表紙から高級感あふれる紙面づくりになっており、「あなたの夢、カーマニアの夢が実現しました。」というコピーが泣かせる。また、インテリアを紹介するページでは、「座るだけで楽しめる。」とあり、車は楽しむものだというプリンス自動車の主張も感じられる。
発売当時のカタログを撮影した動画である。表紙から高級感あふれる紙面づくりになっており、「あなたの夢、カーマニアの夢が実現しました。」というコピーが泣かせる。また、インテリアを紹介するページでは、「座るだけで楽しめる。」とあり、車は楽しむものだというプリンス自動車の主張も感じられる。
ゆえに、スカイラインスポーツは、大いに売りまくろうとか、ヒットさせようとして作られた車ではない。職人手作りのボディなのであるから大量生産向きではない。実際に生産台数も約60台であった。「うちの会社でもこんなにすごい車が作れるんだ。どうだ!」という感じだったのだろう。高度成長期の日本の自動車メーカーの意気込みはやはりすごいのである。
