マツダ コスモスポーツ

日本初のロータリーエンジン搭載車。

この車は、ロータリーエンジンを日本で初めて搭載したことでまさに未来的であった。

小型で高出力、静かで振動も少ないロータリーエンジンは、これからの車にふさわしいエンジンとして大きな話題となった。発売当時のキャッチフレーズは、「走るというより、飛ぶ感じ」であった。

ロータリーエンジン搭載車は、マツダが最初に開発、販売したものではない。ドイツ(当時は西ドイツ)のNSUが1964年に発売したヴァンケルスパイダーという車が最初である。

ところが、その車はエンジントラブルが多く、クレームが続出。NSUもアウディに吸収合併されることになり、ロータリーエンジン車から撤退してしまった。しかしマツダは、ロータリーエンジンの持つ問題を克服し、コスモスポーツという実用に耐えうる車を世に送り出したのである。

コスモスポーツ発売時のCM
テストコースを走り抜ける姿を捉えている。訴求ポイントはやはりロータリーエンジン搭載であった。

高速時代を考慮した車であった。

コスモスポーツが生まれた頃は、日本に高速道路網が整備され始めた時代でもある。昭和40年(1965年)に名神高速道路が全線開通し、昭和43年(1968年)には東名高速道路が一部開通していた。同じ年、中央自動車道も八王子と相模湖の間が開通した。

それまでの車は多くが高速で走り続けることを考慮していなかった。高速で走ると騒音のため車内では話ができないとか、時速100キロを越すとハンドルが震えだすといった話をよく聞いたものだ。

コスモスポーツにはそれがなかった。加速がよく、振動も騒音も少ないというロータリーエンジンの搭載は、まさに高速道路での走行を見据えたものだったのである。

東名高速道路開通
昭和43年(1968年)の東名高速道路開通の様子を伝える映像である。コスモスポーツ発売の翌年には、自動車を高速で走らせる時代になってきたというのが一般の認識になっていたのがわかる。

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コスモという名前の意味を考えると。