プジョーの戦後は203と403から。
プジョーの戦後初の新型車としては、1948年登場のプジョー203がある。ヘッドライトの付いたフェンダーとボンネットがはっきり区別できる当時としては少し古いデザインの車だったが、これが結構人気であった。
プジョー203は、モノコックの一体成型ボディでエンジンも新しく設計された意欲作であった。デザインは古いが中身は新しいということで人気車となったのである。終戦直後の日本にも輸入されタクシーなどで活躍したようだ。
プジョー203がそのように好評だったため、スタイルが戦後型のプジョー403は、少し遅めの登場となったようである。
プジョー 203
ボンネットが高く、前後のフェンダーがはっきりと分かるスタイル。戦後の車としては少し古いイメージだが人気車だった。
【Lothar Spurzem, CC BY-SA 2.0 DE, via Wikimedia Commons】
ボンネットが高く、前後のフェンダーがはっきりと分かるスタイル。戦後の車としては少し古いイメージだが人気車だった。
【Lothar Spurzem, CC BY-SA 2.0 DE, via Wikimedia Commons】

プジョー403と203
1956年のプジョーの広告。403と203の堂々のラインナップである。1956年と言えば、プジョー403が発売されてすぐの頃だ。その403と203が、当時のプジョーが勧める2大ファミリーカーだったのだろう。
【1956 Peugeot 203 & 403 by aldenjewell, on Flickr】
1956年のプジョーの広告。403と203の堂々のラインナップである。1956年と言えば、プジョー403が発売されてすぐの頃だ。その403と203が、当時のプジョーが勧める2大ファミリーカーだったのだろう。
【1956 Peugeot 203 & 403 by aldenjewell, on Flickr】
さて、プジョー403であるが、車体の大きさは203より少し大きく、スタイルも当時は一般的になっていた戦後型を採用したことで、203の高級タイプとして売り出された。印象的なフロント周りでありながら、全体的にはオーソドックスなイメージの乗用車になっている。
しかもこの車、イタリアのカロッツェリアであるピニンファリーナのデザインとのことである。プジョー403のデザインは、プロによる仕事なのだ。確かに特別に尖ったデザインでないが、どこか洗練されたところがある。
なお、カロッツェリアとは、自動車のボディデザインを専門に行う企業のことで、ピニンファリーナは、フェラーリやマセラティなどスポーツカーのデザインで有名なカロッツェリアでもある。

プジョー 403のスタイル
横から見ると、これぞ自動車という形。いわゆる戦後のポンツーン型である。プジョーはこの形を戦後10年経ってから登場させた。取り立ててカッコいいというわけではないが、どこか洗練されたスタイルでもある。特徴的なグリルとボンネット上のマスコットがフランス車プジョーの証だ。
横から見ると、これぞ自動車という形。いわゆる戦後のポンツーン型である。プジョーはこの形を戦後10年経ってから登場させた。取り立ててカッコいいというわけではないが、どこか洗練されたスタイルでもある。特徴的なグリルとボンネット上のマスコットがフランス車プジョーの証だ。
