E.I.A.R.とは何か。
508Cバリッラが生まれた1937年、イタリアは、ベニート・ムッソリーニ率いるファシスト党の政権下にあった。1937年と言えば、イタリアは日独伊防共協定を結び、枢軸国としての体制を整えていた頃でもある。そして1940年には第二次世界大戦に参戦する。
この頃はヨーロッパはどこの国でも同様だったが激動の時代であった。ゆえにフィアット508Cは、庶民向けの小型ファミリーカーとして登場はしたが、庶民の車として活躍する場はあまりなかったことだろう。
このページの最初の写真の508Cには、ボディにE.I.A.R.と書かれている。E.I.A.R.とは何か。それはEnte Italiano per le Audizioni Radiofonicheの略で、日本語にするとイタリアラジオ放送協会である。つまり日本で言えばNHKのようなものだ。
したがって、この車は一般の庶民の自家用車ではなく、イタリア放送協会の車と言うことになる。確かにフロントにはE.I.A.R.と書かれた旗が2本立っており、マスコミの車っぽいところもある。なにか事件が起こった際には新聞社の車よろしく出動して取材を行っていたのだろうか。詳しいことはよくわからないが・・・。

E.I.A.R.本部
ローマにあったE.I.A.R.の本部の前で撮られた写真。1943年撮影。手前にフィアット508Cらしき車が停まっているが、人物と比べると小型車である。これは、トポリーノと呼ばれたフィアット500である。
【Bundesarchiv、Bild 101I-304-0614-22 / Funke / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 DE, via Wikimedia Commons】
ローマにあったE.I.A.R.の本部の前で撮られた写真。1943年撮影。手前にフィアット508Cらしき車が停まっているが、人物と比べると小型車である。これは、トポリーノと呼ばれたフィアット500である。
【Bundesarchiv、Bild 101I-304-0614-22 / Funke / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 DE, via Wikimedia Commons】

フィアット508C実車
1938年製のフィアット508Cである。美しくレストアしてある。それにしてもフロント周りはフィアット500とそっくりである。
【Handelsgeselschaft, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons】
1938年製のフィアット508Cである。美しくレストアしてある。それにしてもフロント周りはフィアット500とそっくりである。
【Handelsgeselschaft, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons】
ラジオは、1909年にイタリア人の発明家が発明したとされている。ところがイタリアは、ラジオ放送において他のヨーロッパ各国と比べかなり遅れをとっていた。しかし1930年代から40年代にかけて、ラジオはプロパガンダの重要な道具として認識され、各国ではラジオ放送の充実やラジオ受信機の普及に力を入れていた。そこでイタリアでは、1925年にE.I.A.R.イタリアラジオ放送協会を設立。ラジオの普及に努めたのである。