リンカーン コンチネンタル

コンチネンタルにこだわった2代目。

1939年生まれのリンカーン コンチネンタルも、アメリカの第二次世界大戦の参戦により製造が中止されるが、1946年より新たなデザインの車として登場する。しかし、1948年には製造、販売は終了してしまう。この頃にはすでに時代遅れのスタイルとなっていたのだ。

それから8年の歳月を経て、リンカーン コンチネンタルは復活する。1956年、フォードはコンチネンタル部門を作り、新型車を投入する。名前もコンチネンタル マークⅡとした。マークとは「より高級な」とか「グレードの高い」という意味を持つ。

そして、そのスタイルは、ロールスロイスやメルセデスベンツのような高級ヨーロッパ車を思わせるものとなっていた。やはり、コンチネンタルにこだわったのである。しかも、マークⅡという名前が示すように仕様はハイグレードで、ボディの仕上げに職人の手作業による加工や磨きが入るものだった。

リンカーン コンチネンタルマークⅡ
ヨーロッパの高級車のような風格を持つマークⅡ。ヨーロッパ風のこだわりを見せており、作りも丁寧で贅沢だった。
Rex Gray from Southern California, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons】
コンチネンタルマークⅡのエンブレム
車体後部のトランクに付いているエンブレム。ボンネットマスコットとともに、高級車の証である。
Greg Gjerdingen from Willmar, USA, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons】

ところが、このハイグレード仕様が仇になったのだろう。マークⅡは2年ほどで販売が終了し、全く新しいデザインの3代目が1958年に登場する。また、3代目は仕様を大きく変えて大量生産に対応させ、価格も引き下げた。

この3代目となってはじめて、リンカーン コンチネンタルはキャデラックやクライスラーなどアメリカの他の高級車と対抗できるようになる。それは、コンチネンタルがヨーロッパ風を脱し、アメリカならではのラグジュアリー・カー、つまりアメ車に路線を切り替えたことも意味する。

ヨーロッパ風が売りだったリンカーン コンチネンタルも、この3代目にしてはじめて正真正銘の“アメ車”となったのである。