革新的な車だったTAVシリーズ。
まず1926年にブッチャリは最初のTAVを開発。そして1928年10月、パリモーターショーでTAVを発表する。さらに1929年、30年、31年と改良を重ねた車をモーターショーで発表し続けるのである。ブッチャリTAVの革新的なテクノロジーは人々を驚かせ、当時の自動車ファンの間では大評判となる。
では、ブッチャリTAVの革新的テクノロジーとは何か。「TAV」とはフランス語の“Traction Avant”の略で、前輪駆動のことだ。そう、ブッチャリ TAVは、「前輪駆動」という新たなシステムを搭載した車だったのである。
ボンネット内のエンジンで前の車輪を回す前輪駆動、つまりFF(Front engine Front drive)は今では当たり前のシステムである。しかし、当時はそうではなかった。技術がまだ確立していなかったのだ。

1930年のパリ・モーターショーに展示されたブッチャリTAV。展示用として作られたもので、V16エンジンを搭載するというフレコミだったようだ。
【світлина, Public domain, via Wikimedia Commons】

ボンネットを開けるとエンジンが目に入るが、そのエンジンの前にギアボックスがある。これが、ブッチャリTAV独自の前輪駆動システムである。
【Bill Abbott, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons】
前輪駆動と言えば、1934年にフランスのシトロエンが量産型の前輪駆動車トラクシオン アバンを発売し、ヒットさせているが、ブッチャリは、その6年も前に公道で走行できる前輪駆動車を登場させたのだ。その点で確かに革新的であった。
さらに、ブッチャリTAVのスタイルは、車高が低く、幅が広く、ホイールベースが長いという特異なもの。しかも、ボンネットの側面には大きな鳥のデザインが施されている。この鳥はコウノトリだそうで、ポール アルベール・ブッチャリが第一次大戦中に飛行機乗りで従軍しており、所属の飛行隊がコウノトリ隊だったところから来ているらしい。
車全体のスタイルやデザインアクセントのコウノトリなどを見ると、この車、当時流行していたアールデコ様式のデザインを取り入れているようである。ブッチャリTAVは、流行の最先端というイメージも持つ、特別な車だったのである。

長く、幅広く、低い。高級感があるが、それでいて余計な装飾は付いていない。ただ、ボンネット側面のコウノトリが、粋なデザインポイントになっている。
