名前の「メルセデス」はどこから?
さて、DMG社はこうして皇帝からも称賛された自動車を作ったわけだが、この車をダイムラーシンプレックスではなく、なぜメルセデスシンプレックスと呼んだのだろうか。「メルセデス」とはどこから来ているのだろうか。
実はこの名前はメルセデス35HPをDMG社に注文した実業家エミール・イェリネックの娘の愛称なのである。

イェリネックが膝に抱いている女の子が娘のメルセデスである。この女の子の名前が今も企業名として使われている。
【Here, Public domain, via Wikimedia Commons】
当時イェリネックは自分の持つものの多くにメルセデスという名前を付けていたらしい。DMGとしては自分の会社の名前を付けたかったのだろうが、メルセデス35HPと名付けた。
しかし、より速く、力強く、耐久性のある車の名称が女性名というのが大いにウケたようだ。「これからはメルセデスの時代だ!」なんて評判も聞かれるようになった。そうなってくると、この名前を大いに活用しなければならない。35HPに続く車であるシンプレックスでも使用し、DMG社は1902年に「メルセデス」を商号登録したのである。

1916年のDMG社の広告。メルセデスブランドを告知している。メルセデス・ベンツで使われているスリーポインテッドスターのロゴも下に見られる。
【Jupp Wiertz, Public domain, via Wikimedia Commons】
この名前が、今もメルセデス・ベンツとして企業名で使われているわけだ。実際にベンツの車は海外ではメルセデスと呼ばれるのが普通だ。欧米の人にとっては響きが良い言葉なのだろう。
また、最近のベンツ車に搭載されている音声認識システムも「Hi ベンツ」ではなく、「Hiメルセデス」で起動するようになっているため、日本でもメルセデスと呼ぶ人が多くなっているそうだ。
20世紀の始まりにふさわしい車だった。
そこで結論。メルセデスシンプレックスは、現代の自動車につながる革新的な技術によって作られた車であるとともに、メルセデスという名前を用いて一歩進んだブランド戦略を展開した車でもあったのだ。
まさに20世紀の始まりの時にこの車が登場したというのが、自動車の黎明期にふさわしい出来事であったと言わなければならない。
レストアされ今も動態保存されているシンプレックスを、余すところなく紹介している。走る姿は圧巻である。