すぐに時代遅れになった。なぜ?
ところがである。自動車製造に参入しようと意気込んで生産を始めたオペルのルッツマンだが、1899年に発売してまもなく時代遅れの車になってしまう。オペルとしては性能の優れた車を製造しているつもりだったのだが・・・。
この頃、つまり19世紀の終わりから20世紀初頭の自動車の開発・製造技術は日進月歩だった。例えば、お隣の国フランスでは、パナールというメーカーが、エンジンを車の前部に置き、ギヤを介して駆動力を後輪に伝えるという自動車の基本的な駆動システムを発明し、1891年に実用化している。
また、メルセデス・ベンツの前身であるドイツのメーカーDMGは、1901年に「明後日の車」と言われたメルセデス35HPを登場させている。それは、重心が低く、頑丈なボディを持ち、エンジンに今の車と同様のラジエターを備え、長距離を安定して走ることができる画期的な車だった。

フランスのパナール車の広告
前輪の上の箱の中にエンジンがあり、エンジンの力をギアとチェーンを介して後輪に伝えている。見た目はルッツマンに似ているが、そのシステムは異なる。
【Panhard et Arthur Miniot graveur, Public domain, via Wikimedia Commons】
前輪の上の箱の中にエンジンがあり、エンジンの力をギアとチェーンを介して後輪に伝えている。見た目はルッツマンに似ているが、そのシステムは異なる。
【Panhard et Arthur Miniot graveur, Public domain, via Wikimedia Commons】

メルセデス35HP
重心が低く、頑丈で、オーバーヒートに強いエンジンを持った車。ドイツのメルセデスは、この車を1901年に登場させた。
【MartinHansV, Public domain, via Wikimedia Commons】
重心が低く、頑丈で、オーバーヒートに強いエンジンを持った車。ドイツのメルセデスは、この車を1901年に登場させた。
【MartinHansV, Public domain, via Wikimedia Commons】
そんなわけで、オペルがルッツマンの製造・販売を始め自動車業界に参入した頃、周りの有力自動車メーカーは2歩も3歩も先をゆく車を開発していたのである。
ゆえに、記念碑的存在のオペル システムルッツマンも、製造していたのは3年ほどで、生産台数も微々たるものだった。残念な結果だったが、参入の時期が悪かったとしか言いようがない。当時の自動車業界は、まさに現代のIT業界のようなもので、技術の進歩について行けなければ“勝ち組”にはなれない、そんな厳しさがあったのだ。
オペルはこの後、ドイツの自動車産業の一翼を担うメーカーにまでなるのだが、最初の自動車ルッツマンを出した時のオペルは、なんと“負け組”だったのである。
システムルッツマンの走行動画
販売当時のものと思われるモノクロ映像と、復元した車によるカラー映像が入っている動画。車の始動から運転までが詳細に描かれている。子どもたちが車の後を走って追いかけている姿がなんとも微笑ましい。
販売当時のものと思われるモノクロ映像と、復元した車によるカラー映像が入っている動画。車の始動から運転までが詳細に描かれている。子どもたちが車の後を走って追いかけている姿がなんとも微笑ましい。
