Peugeot 403

「カミさんの車とは違ってね、フランス車なんですよ。」
ヘッドライトとボンネットが一体となった戦後型スタイルの乗用車。中央にラインの入った楕円形グリルもなかなか個性的で、ボンネット先端のマスコットも気が利いている。この車は、フランスの自動車メーカープジョーの中型乗用車403だ。1955年から1966年まで製造、販売されていた。
戦後型のスタイルと書いたが、それはフラッシュサイドとかポンツーン型とか呼ばれるスタイルで、第二次世界大戦後すぐの1940年代中頃から1950年代中頃の乗用車によく採用されたものである。しかしこのプジョー403、製造開始は1955年であるから、戦後型としては少し遅めの登場でもある。
プジョーの戦後は203と403から。
プジョーの戦後初の新型車としては、1948年登場のプジョー203がある。ヘッドライトの付いたフェンダーとボンネットがはっきり区別できる当時としては少し古いデザインの車だったが、これが結構人気であった。
プジョー203は、モノコックの一体成型ボディでエンジンも新しく設計された意欲作であった。デザインは古いが中身は新しいということで人気車となったのである。終戦直後の日本にも輸入されタクシーなどで活躍したようだ。
プジョー203がそのように好評だったため、スタイルが戦後型のプジョー403は、少し遅めの登場となったようである。
ボンネットが高く、前後のフェンダーがはっきりと分かるスタイル。戦後の車としては少し古いイメージだが人気車だった。
【Lothar Spurzem, CC BY-SA 2.0 DE, via Wikimedia Commons】

1956年のプジョーの広告。403と203の堂々のラインナップである。1956年と言えば、プジョー403が発売されてすぐの頃だ。その403と203が、当時のプジョーが勧める2大ファミリーカーだったのだろう。
【1956 Peugeot 203 & 403 by aldenjewell, on Flickr】
さて、プジョー403であるが、車体の大きさは203より少し大きく、スタイルも当時は一般的になっていた戦後型を採用したことで、203の高級タイプとして売り出された。印象的なフロント周りでありながら、全体的にはオーソドックスなイメージの乗用車になっている。
しかもこの車、イタリアのカロッツェリアであるピニンファリーナのデザインとのことである。プジョー403のデザインは、プロによる仕事なのだ。確かに特別に尖ったデザインでないが、どこか洗練されたところがある。
なお、カロッツェリアとは、自動車のボディデザインを専門に行う企業のことで、ピニンファリーナは、フェラーリやマセラティなどスポーツカーのデザインで有名なカロッツェリアでもある。

横から見ると、これぞ自動車という形。いわゆる戦後のポンツーン型である。プジョーはこの形を戦後10年経ってから登場させた。取り立ててカッコいいというわけではないが、どこか洗練されたスタイルでもある。特徴的なグリルとボンネット上のマスコットがフランス車プジョーの証だ。
こだわりを注ぎ込んだ車、プジョー403。
そんなプジョー403であるが、信頼性の高いエンジンやトランスミッションを搭載し、車体の耐久性にも優れているなど、デザイン以外も当時のプジョーのこだわりを注ぎ込んだ車になっていた。そのため好評を得、11年間にわたり生産されることになった。
ボディスタイルもセダンやクーペをはじめワゴン、ピックアップ、ガブリオレなどが生産されている。フランスのベーシックな中型乗用車として人気車となったのである。
また細かなことだが、403には、後部のドアが90度に開くとか後部の窓ガラスが下まで完全に下がるといった特長があった。さらに、エンジンを冷やすファンがエンジンの温度により自動制御されるサーモスタット式で、燃費向上と騒音防止を図るという機構も付いていた。
当時のヨーロッパ車の中では乗りやすさや快適さを追求した作りになっており、そこも人気の理由であった。

フランスはパリの中心にあるコンコルド広場を撮影した1964年の写真である。当時のフランスの自家用車を代表する車が写っていて興味深い。前列の前から2台目がプジョー403である。また、向かいの街灯の前にも停まっている。
登場してから9年、プジョー403はパリっ子が愛用する車の一台となっていたのである。なお、前列のプジョー403の前にはルノードーフィンが、後ろにはシトロエン2CVが停まっている。
【FOTO:FORTEPAN / MZSL/Ofner Károly, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons】
このようにしてプジョー403は、戦後社会、特に1950年代から60年代にかけてのフランスの一般的な乗用車としてヒットする。そして、1960年代の中盤には、同じピニンファリーナデザインの後継車プジョー404や、より近代的な前輪駆動車プジョー204にそのバトンを渡すことになるのである。
販売が終わった後に話題となった。
ところがである。プジョー403の歴史はそこで終わりではなかった。むしろ、ここからが面白い。1970年代のアメリカのテレビドラマ「刑事コロンボ」に、ピーター・フォーク演じる主人公コロンボの愛車として使われたのである。
ご存知のように「刑事コロンボ」は世界的にヒットしたドラマである。コロンボの人気とともにプジョー403も世界のファンに知られることとなった。
ドラマに使われたプジョー403は、ガブリオレつまりオープンカーである。ドラマに初登場したのは1971年9月にアメリカで放映されたエピソードからで、その当時すでに10年以上前の車であった。ドラマの中では、コロンボが愛犬を連れてくたびれたプジョー403に乗って登場するシーンがよく登場した。
コロンボは、それまでの刑事ドラマのように正義感あふれるスマートな刑事が犯人を捕まえるのではなく、胡散臭く、頼りなく、愚鈍に見える刑事が犯人をじわじわと追い詰めてゆくという展開に面白さがあった。ゆえにコロンボは、“カッコいい車で颯爽と”ではなく、“ポンコツ車でヨタヨタと”でなければならなかった。そんな設定に10年以上前のこの車がピッタリだったのである。
コロンボが愛車とともに登場するシーンをピックアップした動画である。ボディは汚れ、凹んでおり、ワイパーも壊れている、そんなとんでもないポンコツさがこのドラマを引き立てているのがよくわかる。プジョー403のガソリンの投入口が後ろのブレーキランプの下にあるという発見もあって面白い。
ピーター・フォークが出会った愛車。
実際にドラマの中でも、この車がディーラーから下取りを拒否されたり、自動車解体工場の殺人現場に乗り付けたコロンボが自動車を捨てに来たと勘違いされるというシーンなどがある。散々な扱いである。それでもコロンボは、「うちのカミさんの平凡な車と違ってこれはフランス車だ」と得意げに語るのである。
コロンボを演じたピーター・フォークの自伝によると、劇中で愛車として使用するプジョー 403は、彼が自分で見つけたそうである。劇用車のガレージの隅っこに止めてあったその車は、色が褪せ、車輪の1輪がパンクしているという代物であったが、これぞコロンボの愛車と直感したのだそうだ。

ロサンゼルスのユニバーサルスタジオの駐車場で撮影されたプジョー403。実際にこの車が撮影に使われたかどうかは定かではないが、ピーター・フォークは、きっとこんな感じのくたびれたプジョー403を劇用車のガレージの中で見つけて、これだ!と思ったのだろう。
【Andrew Bone from Weymouth, England, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons】
メーカーのプジョーとしては、10年以上も前の車が使われ、しかもポンコツ車として扱われているというのは複雑な思いだっただろう。事実、1989年の「新・刑事コロンボ」の撮影で、スタッフがプジョーにプジョー403ガブリオレの貸し出しを頼んだところ、ブランドイメージを損なうということで拒否されたようだ。
しかし、このドラマのヒットのおかげでプジョー403は、あのコロンボの愛車として世界的に知られる一台となったことは事実である。
歴史の中に忘れ去られてしまう車が多い中で、コロンボというユーザーがこよなく愛するフランスの乗用車として描かれたのだ。これに勝る宣伝は無いと思うのだが。

左はコロンボも乗ったガブリオレで、右はセダンだ。こうしてみると、プジョー403は、保守的だが飽きの来ない、大衆向けの乗用車であるということがよくわかる。だからこそコロンボ警部もボロボロになるまで愛用し続けたわけである。なお、右のセダンはグリルの形が少し異なるが、これは1960年製の簡易型の403である。
【Rundvald, Public domain, via Wikimedia Commons】