世界で一台。こだわりの車。
にぶい銀色に輝くボディ。流れるようなライン。水滴型のフェンダーやフロントガラスの曲線が個性的で未来的。ジェット機かロケットかというこの車はいったい何か。自動車メーカー イスパノスイザが作った高級車、デュボネ クセニアだ。製造されたのは1938年。何と今から90年近く前の車である。
この車は、世界で一台の高級車だ。古いので一台しか残っていないのではない。最初から一台しか作られていない。メーカーのイスパノスイザが、フランス人のレーシングドライバーアンドレ・デュボネの依頼で製造した一台なのである。ゆえにこの車の名をデュボネ クセニアと言う。
では、なぜこのような車が誕生したのだろうか。まずは、メーカーのイスパノスイザから語っていこう。
高級車製造で名を馳せたイスパノスイザ
イスパノスイザは、スペインの自動車メーカーである。1904年に創業し乗用車や商用車の製造を行っていたが、後に高級車の製造販売を始める。高級車に関しては、スペインよりフランスの方が需要が大きかったため、1911年にはフランスに工場を建設して販売を開始。高級車メーカーとして知られる存在となってゆく。
その一方でイスパノスイザは、1910年代から、需要が増えた航空機エンジン製造の分野にも参入。軽量で強力なエンジンを開発し、成功している。こうした航空機エンジンの製造で培った技術は、自動車製造に活かされていることは言うまでもない。
デュボネ クセニアを製造した1930年代後半、イスパノスイザは、スペインやフランスをはじめヨーロッパの各国で知られた大手自動車メーカーでもあった。
アンドレ・デュボネとは何者か。
では、イスパノスイザにこの流線型の車を依頼したアンドレ・デュボネとはどんな人物なのだろうか。アンドレ・デュボネは、航空機のパイロットでありレーシングドライバーとしても名を馳せた人物だ。もちろんイスパノ・スイザのドライバーとしても活躍している。また、彼は発明家であり開発者でもあった。自動車のサスペンションの開発をはじめ空気力学を応用した流線型の自動車の研究、開発を行っている。
デュボネ クセニアは、そのアンドレ・デュボネが自らの研究、開発の成果を収めた車である。ベースとなっているのはイスパノ スイザの代表的な大型高級車H6だ。そこにアンドレ・デュボネ開発のサスペンションを搭載。さらに外観は見ての通りで、デュボネが研究していた空力設計の塊とも言えるスタイルになっている。
その流れるようなスタイルを実際に作ったのは、高級車のボディデザインで名高いコーチビルダーのジャック・ソーチクだ。ジャック・ソーチクは、もともと高級家具の職人であり、キャデラックやブガッティなど派手で贅沢な車のデザインを得意としている。
デュボネ クセニアは、このようにアンドレ・デュポネのこだわりが注ぎ込まれた車でもある。アンドレ・デュボネは、大型高級車に自らが開発したシステムを搭載し、最高の職人の手によるデザインを施した世界で一つの車をイスパノ・スイザに依頼したのである。
この車は、もはや芸術品である。
というわけで、この車は、単なる走るマシンではなく、名工が手がけた工芸品の趣きがある。走らせて、乗って楽しむだけではなく、その機構やスタイルを愛でる車ともなっているのである。その意味でこのデュボネ クセニアは、もはや20世紀の芸術品とも言えるのではないだろうか。
デュボネ クセニアは完成後アンドレ・デュボネが所有していたが、第二次大戦中はナチスドイツの接収を避けるためしばらく隠されていたという話も伝わっている。そして戦後、1960年代になるとフランスのイスパノ スイザ・クラブの会長の所有となり、さらに1990年代にはアメリカ人の手にわたり、2000年代には別の人物に購入されている。
このように所有者が次々に変わってゆくのも、この一台が芸術品であることの証拠とも言えるだろう。確かに数の少ない旧車は高値で取引され、オーナーが変わってゆくものなのだが、それは車の希少性や骨董的な価値から来ている。だが、この車にはそれ以上のものがある。何と言っても世界でたった一台の芸術品なのだ。ダビンチのモナリザやピカソのゲルニカと同じなのである。
名前の由来が興味深い。
この車にはデュボネ クセニアという名前がある。“デュボネ”はわかるが、“クセニア”とはどこから来ているのだろうか。クセニアは、この車が生まれる二年前の1936年に亡くなったアンドレ・デュボネの2番目の妻の名前である。亡き妻を想い、彼はこだわりを込めた車にクセニアという名前を付けたのだ。
デュボネの亡き妻への愛が感じられる話ではあるが、実は、彼は、この車が生まれる1年前の1937年、つまり2番目の妻が亡くなった翌年には3番目の妻を迎えている。恋多き男性なのである。早くも再婚するので、それまでお世話になった亡き妻へ感謝を込めてということなのだろうか。何というか、デュボネはなかなか律儀な人間でもある。
いずれにしても、自らの名と2番目の妻の名を持つこの車は、芸術としての価値を持つ世界で一台の高級車となった。その意味では亡き妻への大いなる敬意を込めた車とも言えるだろう。